『イメージ学の現在:ヴァールブルクから神経系イメージ学へ』読売新聞書評と備忘メモ

坂本泰宏・田中純・竹峰義和(編)
(2019年4月26日刊行,東京大学出版会,東京, iv+542+xv pp., 本体価格8,400円, ISBN:9784130101400目次版元ページ

読売新聞大評記事が紙面公開された:三中信宏図像からみた知の根源 —— イメージ学の現在…坂本泰宏、田中純、竹峰義和編」(2019年7月28日掲載|2019年8月5日公開)



図像からみた知の根源

 本論文集は、2016年に東京大学駒場キャンパスで開催された「イメージ学(ビルトヴィッセンシャフト)」に関する国際シンポジウムの講演録だ。ドイツ発祥のこの新しい学問分野は図像や形象に関する意味あるいは行為についての考究を目指している。そもそも「イメージ学」というネーミングはつかみどころがなさすぎるのではと私は感じるが、この領域横断的な学問の射程がきわめて広いことの当然の帰結なのだろう。

 私が専門とする分類学や系統学では、生物多様性を図示するために昔からさまざまなダイアグラム(包含図や系統樹やネットワーク)を用いて、複雑極まりない生物界の様相を可視化しようと試みられてきた。この「ダイアグラム論(ディアグラマティーク)」もまた本書の「イメージ学」の中に包含される。

 本書では、大作<ムネモシュネ・アトラス>の作者アビ・ヴァールブルクの図像解釈学など美術史の事例、生物学分野で描かれてきたさまざまな図像の分析、神経科学・認知科学への発展の試み、さらにはCGアニメ・写真・映画のメディア論そしてコンピューターのユーザーインターフェースにいたるまで、現在のイメージ学が到達した最前線を幅広く見渡すことができる。

 その一方で、広大なイメージ学の最先端を読者が読み解くためには総論的な予備知識がある程度はあった方がいいだろう。幸いなことに、本論文集でいくつかの基調論文を寄稿しているホルスト・ブレーデカンプの著書『ダーウィンの珊瑚』が法政大学出版局からすでに邦訳されている。イメージ学に開眼するためにぜひどうぞ。

 取り上げられる図像は章によって抽象的だったり具象的だったりするが、それらの図像のもつ能動的な作用をめぐるイメージ学の観点からの解読は新鮮だ。図像が生み出すさまざまな“知”はわれわれをつねに刺激し啓発し続ける。

三中信宏[進化生物学者]読売新聞書評(2019年7月28日掲載|2019年8月5日公開)



本書は国際シンポジウムの論文集なので,“総論” にあたる解説が少ないようだ.幸いなことに,本論文集に基調論文を寄稿しているホルスト・ブレーデカンプ(Horst Bredekamp)の邦訳書:ホルスト・ブレーデカンプ[濱中春訳]『ダーウィンの珊瑚:進化論のダイアグラムと博物学』(2010年12月10日刊行,法政大学出版局[叢書ウニベルシタス949],東京,16 color plates + iv+185 pp., 本体価格2,900円,ISBN:9784588009495目次版元ページ大学出版部協会ページ)が進化生物学における「イメージ学」の格好の入門になるかもしれない.

また,日本語には訳されていないが,ブレーデカンプの学統に連なる進化イメージ学の本が英訳されている:Julia Voss[Lori Lantz訳]『Darwin's Pictures: Views of Evolutionary Theory, 1837-1874』(2010年刊行,Yale University Press, New Haven, x+340 pp.+ 16 color plates, ISBN:9780300141740 [hbk] → 目次版元ページ情報).

さらに,イメージ学のもうひとりの先達であるゴットフリート・ベーム(Gottfried Boehm)の著作も日本語で読めるようになった:ゴットフリート・ベーム[塩川千夏・村井則夫訳]『図像の哲学:いかにイメージは意味をつくるか』(2017年9月10日刊行,法政大学出版局[叢書ウニベルシタス・1066],東京, viii+301+19 pp., 本体価格5,000円, ISBN:9784588010668版元ページ).

「イメージ学(Bildwissenschaft)」という用語そのものがまだ日本では浸透しているとは必ずしも言えないので,一般読者がこの厚くて重くて硬い『イメージ学の現在』に取り組もうとするとき,これらの参考書は事前の “準備運動” としてきっと役立つだろう.

ワタクシが2017年に上梓した『思考の体系学』(春秋社)には「分類と系統のダイアグラム論」という副題を付けた.読売新聞書評の中でも言及したが,分類学や系統学では,生物多様性を図示するために昔からさまざまなダイアグラム(包含図や系統樹やネットワーク)を用いて,複雑極まりない生物界の様相を可視化しようと試みられてきた.この「ダイアグラム論(Diagrammatik)」もまた「イメージ学」の中に丸ごと包含される一分野とみなされる:

ワタクシはもっぱら分類学・系統学の観点から『イメージ学の現在』を読んだが,さまざまな視点あるいは興味からイメージ学を読むことができるだろう.まだあまり書評や感想が出ていないようなので,思い立ったらぜひ挑戦してほしい本.



[追記]イメージ学におけるダイアグラム論については Bildwelten des Wissens 誌に特集号〈Diagramme und bildtextile Ordnungen〉(Bd. 3, Nr. 1, 2017)があると坂本泰宏さんにご教示いただいた.

『ナチ 本の略奪』書評

アンデシュ・リデル[北條文緒・小林祐子訳]
(2019年7月16日刊行,国書刊行会,東京, 431 pp., 本体価格3,200円, ISBN:9784336063212目次版元ページ

この本はとてつもなくおもしろい.ナチは “ビブリオコースト” と並行して,全ヨーロッパから大量の本を略奪した.その “負の遺産” が今なお各国の図書館に残っている.とりわけ,ナチ党幹部だったハインリヒ・ヒムラーとアルフレート・ローゼンベルクの略奪本をめぐる “内部抗争” が印象深い.同じナチでも思想信条のちがいが明白だったと書かれている.ナチ親衛隊(SS)を率いたヒムラーはアーリア至上主義と神秘主義(オカルティズム)を信奉したのに対し,特捜隊などを束ねたローゼンベルクは反ユダヤ主義ユダヤ陰謀論)に傾倒した(p. 96).

この全国指導者ローゼンベルク特捜隊(ERR)による本の大規模な略奪行為について,デイヴィッド・E・フィッシュマン[羽田詩津子訳]『ナチスから図書館を守った人たち:囚われの司書、詩人、学者の闘い』(2019年2月28日刊行,原書房,東京, 16 color plates + 312 + XXII pp., 本体価格2,500円, ISBN:9784562056354目次版元ページ)はリトアニアでのユダヤ文献が受けた被害を報告している.

第6章「イスラエルの苦難の慰撫」では,ナチの親衛隊と特捜隊との間ではたがいに激しく競合しながらも建前上は “役割分担” があったことが記されている:

「ナチはふたつのレベルで戦争をしかけた.ひとつは自分たちの軍隊と敵の軍隊とを戦わせるという従来のやり方での戦争,もうひとつは敵対するイデオロギーとの戦争である.後者の戦いの場は戦場ではなく,失踪,テロ,拷問,殺害,国外追放という沈黙の戦争であり,前線で戦う兵士はゲシュタポ,親衛隊情報部を始めとするテロ組織だった.その戦いの目的は打ち負かすことではなく,粛清することだった」(p. 133)

 

イデオロギー戦争の手段はテロばかりではなかった.それは思想,記憶,観念をめぐる闘争であり,ナチの世界観を擁護し正当化する戦いだった.この戦争では特捜隊は,いわばアカデミックな歩兵を動員した.組織の性格から言って,特捜隊は血腥い,残忍な行動に参加することはなく,それは親衛隊の仕事だった.特捜隊はそれが片付いた段階で登場した」(p. 133)

 

ヒムラーは「諜報活動のために」有用な本や文書を,言い換えれば親衛隊情報部とゲシュタポが,国家の敵と戦う際に役に立つ資料を,一方ローゼンベルクはイデオロギー研究にとって価値のある資料を手に入れた」(p. 137)

第11章「製紙工場は本の墓地」はもっと救いがない.ポーランドに対するナチの侵略が描かれているのだが,その基本方針は他のヨーロッパ占領国とはまったく異なっていた.

「西と東では戦略が根本的に違っていた.デンマーク人,ノルウェー人,オランダ人,ベルギー人,フランス人,イギリス人はアーリア民族で,それゆえいつの日か,国家社会主義ヨーロッパで兄弟となるべき人びとである.ナチは自らを世界じゅうのユダヤ人の有毒な影響から人びとを救出する解放者だとみなしていた.そして,「兄弟である国ぐに」に,ナチのイデオロギーが掲げる目標の正当性を説いて同調させるべく,その宣伝活動にかなりの資源を投じていた」(p. 242)

 

「東ヨーロッパにおける戦略は正反対だった.東ヨーロッパでは,何百万人ものユダヤ人が唯一の敵ではなく,その延長としてすべてのスラブ人も敵であった.したがって,未来のヨーロッパではポーランドという国にも,ポーランド人にも場所はない.略奪はこのような方針がただちに具体化された結果であり,ポーランド人からすべての高等文化,学問,文学,教育を奪うことを目的としていた」(pp. 242-243)

 

ポーランドユダヤ人とその文化に加えられた迫害はとりわけ過酷だった.戦前には300万人だった人口のうち1945年の生存者は10万人ほどであった」(p. 244)

「ナチの最終目的はスラブ文化の衰退と絶滅であった」(p. 254)ため,いっさいの躊躇はなかったということだ.読んでいる背後からシェーンベルクワルシャワの生き残り〉の合唱「シェマ・イスロエル」が鳴り響く.それだけにはとどまらない.

ヒトラーの目標はソ連の大都市すべてを更地にすることだった.アジア人にとっての「ヨーロッパへの通路」と彼がみなした文化都市レニングラードサンクトペテルブルク)は破壊されねばならず,その全住民は餓死させるべきであった」(p. 254)

のちのレニングラード包囲戦を予期させる文章だ.先日の大手町で新刊: 大木毅『独ソ戦:絶滅戦争の惨禍』 (2019年7月19日刊行,岩波書店岩波新書・新赤版1785],東京, ISBN:9784004317852版元ページ)が話題になったことを思い出す.ショスタコーヴィチの〈レニングラード交響曲が聞こえてくる.

第13章「ユダヤ人不在のユダヤ研究」に進む.ナチによるユダヤ人根絶という目的にユダヤ関連図書の略奪がどのような意義をもつかが論じられている:

「闘いの目的は物体的な根絶だけではなかった.それは記憶と歴史の支配をめぐる闘いでもあった.この点でローゼンベルクの計画は指導的役割を果たした.図書館や古文書館の資料の略奪は,記憶の管理のための闘いの中核へと及んだ.本の略奪が,たとえば美術品のようなものの略奪と異なるのはこの点である.美術もイデオロギーの表現たり得るが,その表現は象徴的である.美術品は国家と指導者の名誉となる勝利の証だった.美術もナチの理想や新しい人間像を反映し,それに承認を与える.だが具体的なイデオロギーは本や資料によって表現される.未来は,書かれた言葉という基盤に立ち,記憶や歴史を管理することによって築かれるのである」(pp. 294-295)

「記憶と歴史を管理し支配する」というナチの目的は,単にユダヤ関連文書を “焼き尽くす” だけでは達成されない.むしろ,ナチにとって必要な本や文献は積極的に略奪してまで確保しようとした.

「ナチはユダヤ人の絶滅をはかったが,彼らに関する記憶を消すことはしなかった.「ユダヤ人」を歴史的・象徴的敵として記憶に残す.[中略]このような理由で,ユダヤ文化の重要な記録,図書館の蔵書や文書は略奪されたが,破棄されることはなかった.それは千年戦争の歴史とドイツの究極の勝利を書くために必要な資料だった」(p. 295)

第2次世界大戦中の全国指導者ローゼンベルク特捜隊(ERR)による書物略奪の全貌については,ウェブサイト〈Cultural Plunder by the Einsatzstab Reichsleiter Rosenberg〉に詳細なレポートが公開されている.ローゼンベルクは戦後のニュルンベルク裁判で戦犯として絞首刑に処せられるまで一貫して自らの主義主張を変えなかった.そして,略奪された本の “帰還” への道のりはまだ遠い.

『The Book Thieves: The Nazi Looting of Europe’s Libraries and the Race to Return a Literary Inheritance』

Anders Rydell[Translated by Henning Koch
(2017年刊行,Viking, New York, xvi+352 pp., ISBN:9780735221222 [hbk] → 版元ページ

アンデシュ・リデル[北條文緒・小林祐子訳]『ナチ 本の略奪』(2019年7月16日刊行,国書刊行会,東京, 431 pp., 本体価格3,200円, ISBN:9784336063212目次版元ページ)の原書.こっちのカバージャケットの方が生々しいな.

『本屋一代記 : 京都西川誠光堂』

松木貞夫
(1986年11月10日刊行,筑摩書房,東京, iv+374 pp., ISBN:4480853464版元ページ

明治なかばから第二次世界大戦中まで京都の丸太町新道にあった書店〈西川誠光堂〉の伝記. 同時代の京都から見た世相の移り変わりが描かれている.ワタクシでも知っている京都大学周りの有名人たちがときどき登場する.実は,この本はワタクシの書棚にすでに並んでいた.すっかりその存在を忘れ去っていたが,北大正門横にある古書店〈南洋堂書店〉の値札が貼られていた.いったいいつ札幌で買ったのだろうか.

『古書のはなし:書誌学入門』

長澤規矩也
(1976年11月20日刊行,冨山房,東京, 8 plates + 196 + 6 pp., 書籍コード: 1000-000001-7313)

図版いっさいなしで装訂や印刷の論議が続くのはなかなかきついなあ.前所有者の蔵書印とコメントが表紙裏に.「この種の本が 面白く読める年に なった」とはとても味わい深い文言だ.

『日本のイネ品種考:木簡からDNAまで』読売新聞書評

佐藤洋一郎(編)
(2019年4月30日刊行,臨川書店,京都, 2 color plates + 260 pp., 本体価格4,500円, ISBN:9784653044147目次版元ページ

読売新聞小評が公開された:三中信宏日本のイネ品種考…佐藤洋一郎編



 日本人にとって「イネ」は日々の食生活の根幹となる作物である。本書は日本におけるさまざまなイネの品種がどのような歴史をたどってきたのかを考察する論集だ。

 イネが根から吸収した珪酸が石化した微細な「プラント・オパール」から日本を含む東アジアの稲作の歴史を復元するミクロ生物学的研究、千年以上も前の木簡に記されたイネの品種名を手がかりに祖先品種を特定する古文書学からのアプローチ、遺伝資源としてのイネ品種の多様性を解明する育種学の視点、そして現在広く作付けされているイネ品種の祖先を探索する遺伝学からの探究など、さまざまな視点からイネ品種の歴史が論じられている。

コシヒカリ」などよく目にする銘柄以外にも、色も形も香りも異なる多くのイネ品種が、飯米・酒米飼料米などさまざまな用途のために全国各地で栽培されてきた。最後の対談では、これらさまざまな品種のイネが日本の食文化の歴史と深く関わっていることが語られている。今まさに起動しようとしている和食文化学への序奏と位置づけられる。

三中信宏[進化生物学者]読売新聞書評(2019年7月21日掲載|2019年7月29日公開)