『読書の歴史を問う:書物と読者の近代【改訂増補版】』

和田敦彦
(2020年8月30日刊行,文学通信,東京, 327 pp., 本体価格1,900円, ISBN:978-4-909658-34-0版元ページ

旧版:和田敦彦『読書の歴史を問う:書物と読者の近代』(2014年7月20日刊行,笠間書院,東京,286 pp., 本体価格1,900円, ISBN:978-4-305-70736-9書評目次版元ページリテラシー史研究会ホームページ)が出たのが2014年のこと.この5年間のリテラシー史研究の進展が増補されている.

『植物園の世紀:イギリス帝国の植物政策』読売新聞書評

川島昭夫
(2020年7月10日刊行,共和国,東京, 237 pp., 本体価格2,800円, ISBN:978-4-907986-66-7目次版元ページ版元ドットコム「はじめに——著者に代わって[志村真幸]」

読売新聞大評が公開された:三中信宏植民地植物園の政治学 —— 植物園の世紀 川島昭夫著」(2020年9月27日掲載|2020年10月5日公開).



植民地植物園の政治学

 薄緑色の透き通った帯を外すと本書の表紙全面に名画<バウンティ号の反乱>があしらわれている。フランス革命が勃発した1789年に南太平洋で起こった英国戦艦バウンティ号の反乱事件で、ウィリアム・ブライ艦長らが船外に追放された場面を描いた絵だ。反乱者に奪われた戦艦の甲板に並べられたパンノキが大きく描かれている。バウンティ号はタヒチで積み込まれた食用植物パンノキの苗を喜望峰を越えてはるばるカリブ海西インド諸島まで輸送するという命を受けていた。なぜわざわざそんな必要があったのか。

 本書は17~19世紀にかけて全世界に版図を拡げた大英帝国の海外植民地に開設された植物園のもつ役割に光を当てた論集だ。異国の地に分布する貴重な資源植物(香辛料・食用・薬用)は本国に持ち帰れば莫大な利益を生む経済的価値があった。そのため、イギリスは占領した先々で植物園をつくることにより、“金のなる木”の独占的確保と移植栽培化(プランテーション)を実施する場所を設けた。本書では、これらの植民地植物園を創設し、その活動を推進した有名無名の植物学者やプラントハンターたちが活躍する。

 ヨーロッパの伝統ある植物園には薬草学という実用的な機能があったが、同時にアマチュア博物学者や園芸家たちもまた私的に植物を蒐集し栽培してきた。さらに18世紀以降は植物の分類学への関心とともに、一般人の間での自然に対する興味とガーデニングの流行もあった。点から線へ、線から面への議論の広がりが本書の読みどころだ。パンノキの遠距離輸送が本国から要求されたのは北アメリカ植民地の独立運動という政治状況があってのことだった。資源植物が世界に広がった背景にはきわめて人間くさい要因があったことを再認識させられる。

 本書は今年2月に逝去した著者の遺著にふさわしい気品ある装幀が光る。著者没後の編纂を手掛けた志村真幸の労を多としたい。

 ◇かわしま・あきお=1950~2020年。京都大学神戸市外国語大学などで教べんを執った。専攻は西洋史

三中信宏[進化生物学者]読売新聞書評(2020年9月27日掲載|2020年10月5日公開)



著者・川島昭夫の名前は:ジョスリン・ゴドウィン[川島昭夫訳|澁澤龍彦中野美代子荒俣宏解説]『キルヒャーの世界図鑑:よみがえる普遍の夢』(1986年4月5日刊行,工作舎,東京,x+314 pp., ISBN:4-87502-115-1)の翻訳者としてのみ知っていた.今回の遺著を読んで,お弟子さんにとても恵まれた方だったことを感じた.