『人類堆肥化計画』感想

東千茅
(2020年10月30日刊行,創元社,大阪, 253 pp., 本体価格1,700円, ISBN:978-4-422-39004-8版元ページ

「腐敗」とか「発酵」という語の出現率がきわめて高いので,これはもうワタクシが読むしかない本だった.読了.半ば自伝的,半ば檄文的に書き進めるアクティビストの文章には得も言われぬ勢いがある.里山を舞台に人間と動植物が密接に入り乱れる “マルチスピーシーズ自然観” を地べたで味わえる本.同じような読後感はアナ・チン[赤嶺淳訳]『マツタケ:不確定な時代を生きる術』(2019年9月17日刊行,みすず書房,東京, xiv+441+xxiv pp., 本体価格4,500円, ISBN:978-4-622-08831-8読売新聞書評目次版元ページ).を読んだときにも味わった.人間と他の生きものの “共依存” 的な幸福と不幸の混じり合い.ワタクシ個人的には観音台で歌い継がれてきた伝統歌謡〈つちのうえ〉が無意識のうちに BGM として脳内に響いていた.生きても死んでも「つちのうえ」.

『ダーウィン、仏教、神:近代日本の進化論と宗教』目次

クリントンゴダール[碧海寿広訳]
(2020年12月30日刊行,人文書院,京都, ii+406 pp., 本体価格4,500円, ISBN:978-4-409-04114-7版元ページ

翻訳が出た.原書:G. Clinton Godart『Darwin, Dharma, and the Divine: Evolutionary Theory and Religion in Modern Japan』(2017年1月刊行,University of Hawai‘i Press[A Study of the Weatherhead East Asian Institute Columbia University], Honolulu, x+301 pp., ISBN:978-0-8248-5851-3 [hbk] → 目次版元ページ).この原書の索引は人名索引と事項索引をともに含んでいるが,翻訳書では人名索引のみとなっている.


【目次】
日本語版への序文 i

序論 9

日本における進化論と宗教を再考する 16
本書の概要 28

第1章 明治期の日本における進化論の宗教的伝播 31

モース以前の日本の進化論 32
キリスト教としての進化論――エドワード・S・モースとアーネスト・フェノロサ 36
神とダーウィンの間、日本と西洋の間――キリスト教徒による進化論の伝播 57

第2章 進化、個人、国体 65

個をめぐる問題 66
国体イデオロギーの興隆 71
神道と進化 74
倫理と道徳 85
井上哲次郎 89
スペンサー主義の崩壊 94
結論 96

第3章 ダーウィン以後の仏法 —— 明治仏教と進化論の抱擁 99

仏教者による進化論の抱擁 102
唯物論――「コレラ病よりも害毒」 111
進歩と退化 117
輪廻転生 121
仏教者の進化倫理学 122
生物学のなかの仏教 126
南方熊楠の仏教的エコロジー 127
丘浅次郎――進化の無常と矛盾 140
結論 157

第4章 ユートピアの約束 —— 社会主義ダーウィニズムと革命的ユートピア主義 161

進化論の左旋回 166
社会主義ダーウィニズムに対する最初の宗教的バックラッシュ 171
アナーキストダーウィニズム 175
宗教的進化のユートピア主義 180
北一輝――「ブッダとマリアが恋する」時 182
宮沢賢治石原莞爾 195
賀川豊彦と進化の宗教 197
結論 207

第5章 「進化論は近代の迷信です」 211

マルクス主義、生物学、無神論 212
進化論に対する宗教的バックラッシュ 218
神道と進化の和解 236
キリスト教からの応答 238
天皇の生物学的な概念化 243
進化論と戦時下日本のイデオロギー 248
「近代の超克」 255
結論 258

第6章 観音による久遠の抱擁 261

科学と民主主義 262
「地球も含めた全宇宙は、生命の実体です」 267
今西錦司 272
西田幾多郎の生物学の哲学 274
生き物の世界 285
今西の遺産 298

結論 305

謝辞 317
訳者解説[碧海寿広] 319
注 [401-337]
人名索引 [406-402]

『採集民俗論』読売新聞書評

野本寛一
(2020年11月20日刊行,昭和堂,京都, xiv+707+xiv pp., 本体価格7,500円, ISBN:978-4-8122-1823-5目次版元ページ

読売新聞ヴィジュアル評が公開された:三中信宏野本寛一著「採集民俗論」」(2020年12月20日掲載|2020年12月28日公開)※これがワタクシの読売書評の最後です.



 農耕牧畜以前の人間社会は自然の恵みに生存の糧を頼る狩猟採集社会だったと言われている。昨年出た『生きもの民俗誌』とこの新刊『採集民俗論』は姉妹本である。前著は日本の動物民俗伝承を広範に渉猟した大著だったが、この新刊も長年にわたる植物民俗研究を集大成した大部の本だ。

 山野に自生する植物の果実や鱗茎、塊根には有害成分が含まれていることがある。冒頭章の「トチ(栃)」の実=写真、本書より=にはサポニンなど食阻害物質があるため、採集後に時間と手間をかけてアク抜きする精緻な技術が各地方で独立に編み出された。

 地域社会に伝わるこれらの“食の知恵”の中には、植物群落の遷移と保全をも配慮した不文律も含まれていた。農耕文化の広まりと現代社会の趨勢の中で消えゆこうとする狩猟採集文化の古層に迫る貴重な情報が本書には詰め込まれている。(昭和堂、7500円)

三中信宏[進化生物学者]読売新聞書評(2020年12月20日掲載|2020年12月28日公開)



前著:野本寛一『生きもの民俗誌』(2019年7月30日刊行,昭和堂,京都, xviii+666+xxiii pp., 本体価格6,500円, ISBN:978-4-8122-1823-5目次版元ページ)は動物伝承が中心だったが,姉妹本であるこの新刊は植物伝承を集成した700ページ超の大著だ.最初の「トチ」だけで100ページ超もあって,延々と栃の実のアク抜きの手順が続く.おそるべき手間だ.今度,どこかで栃餅を食べるときはきちんと正座していただかないと.トチに含まれるアク(サポニン,アロイン)とのはてしない闘いは地方ごとに食文化として定着した.しかし,アクを抜きすぎても風味がなくなる(=「トチが馬鹿になった」p. 77)という微妙きわまりないさじ加減.現在方々で土産物として売られている栃餅はこの “トチ食文化” の最後の “広域遺存種” とのこと.

続いて「ナラ」から「カシ」へ.コナラ・ミズナラクヌギ・アラカシ・ウバメガシなどの “どんぐり類” はどのように地元の食文化に組み込まれていたか.ここでもやはりアク抜き(タンニン)の手間がただごとではない.さらにシイ・マテバシイ,ブナ,クリ,クルミ.これら食阻害成分を含まない堅果の食利用と民俗について.堅果の次は,液果(ヤマブドウ,グミ,タブ)とソテツ.第一次世界戦後の琉球における「蘇鉄地獄」記事は虚偽であると(p. 273).有毒果実の解毒法は伝統的に確立されていたから.第 I 章「木の実」は以上でおしまい.まだまだ続く長い道のり.

第 II 章「根塊・鱗茎」へ.ヤマイモ・クズ・ワラビまではもちろん知っていたが,トコロとかキツネノカミソリになると異世界だ.有毒アルカロイドを含むキツネノカミソリの解毒アク抜きの手間が手間がぁ.キカラスウリ,ユリ,カタクリ,スミラ,ウバユリ,ノビル,ホドイモ,カシュウイモ,テンナンショウ.まったく未知の食材がわらわらと登場する.以上で,第 II 部「根塊・鱗茎」読了.

第 III 章「山菜・野草」.ゼンマイ・シドキ・フキ・ヨモギ・オオギバボウシ・イタドリ・ミズ・フジアザミ・クサギなど.食資源としての利用は群落遷移を考慮してきたとの指摘.近年は鹿・猪との競合激化.第 IV 章「茸」.茸民俗あれこれ.アカマツ林の松茸は今も高値で取引きされているが,海浜クロマツ林の砂地に生える松露はもう現代の食文化から消え去ってしまった.そして椎茸栽培に迫りくる猿害の深刻さ.

第 V 章「海岸と採集」.海辺での採集物あれこれ(イワノリ・ヒジキ・マギ[巻き貝]・テングサなど).山と同じく海でも伝統的に乱獲防止と資源保全の制度が用意されてきたという指摘.第 VI 章「内陸小動物」.サワガニ食文化は知っていたが,ヒキガエルまで食べていたというのはかなり驚き.食用となるカエルはもちろんあるけど.どちらも「越冬民俗」と深く関わっているらしい.最終章「旅の終わりに」読了.これにて全700ページ登攀完了した.

『幻のアフリカ納豆を追え!:そして現れた〈サピエンス納豆〉』目次

高野秀行
(2020年8月25日刊行,新潮社,東京, 8 color plates + 366 pp., 本体価格1,900円, ISBN:978-4-10-340072-1版元ページ


【目次】
カラー口絵(8 pp.)
プロローグ 4

第1章 謎のアフリカ納豆 カノ/ナイジェリア 13
第2章 アフリカ美食大国の納豆 ジガンショール/セネガル 59
第3章 韓国のカオス納豆チョングッチャン/DMZ(非武装地帯)篇 パジュ/韓国 99
第4章 韓国のカオス納豆チョングッチャン/隠れキリシタン篇 スンチャン郡〜ワンジュ郡/韓国 133
第5章 アフリカ納豆炊き込み飯 ワガドゥグ〜コムシルガ/ブルキナファソ 173
第6章 キャバレーでシャンパンとハイビスカス納豆 バム県/ブルキナファソ 203
第7章 幻のバオバブ納豆を追え ガンズルグ県/ブルキナファソ 227
第8章 納豆菌ワールドカップ 東京都新宿区 283
第9章 納豆の正体とは何か 309

エピローグ そして現れたサピエンス納豆

あとがき 353
文献引用 355
謝辞 357
参考文献 364

『ホッキョクグマ:北極の象徴の文化史』読売新聞書評

マイケル・エンゲルハード[山川純子訳]
(2020年8月5日刊行,白水社,東京, 345 pp., 本体価格12,000円, ISBN:978-4-560-09746-5版元ページ

読売新聞大評が公開された:三中信宏漂白された北極熊伝説 —— ホッキョクグマ 北極の象徴の文化史」(2020年12月13日掲載|2020年12月21日公開).



漂白された北極熊伝説

 先日、酷寒のカナダ北極圏で懸命に生きるホッキョクグマ母子の生態をレポートしたあるテレビ番組を見る機会があった。生まれたばかりの子熊2頭を連れて北に向かう母熊に過酷な自然環境と狂暴な雄熊が相次いで襲いかかる。ネイチャーものの定番であるハッピーエンドな台本に安らぎを覚えつつ気になる点があった。ホッキョクグマはアザラシを主食とする。その番組でも氷上でアザラシが狩られる場面が映されたが、不思議なことに、雪と氷に覆われた真っ白な大地を真っ赤に染めたはずの“血の海”の光景は注意深く消し去られていた。そう、ホッキョクグマという純白の偶像には“血”の汚れはふさわしくないのだ。

 本書は地上最大の肉食動物であるホッキョクグマの文化史を描く大著だ。高緯度の北極圏に生きる彼らだが、最古の“白い熊”の記録は『日本書紀』にあるそうだ。当時からその希少性が取り沙汰されていたホッキョクグマの毛皮は、北極海を取り巻く国々にとって重要な交易品として高い価値をもつようになる。本書に所収されている白熊猟を描いた数多くの絵画は、一方ではホッキョクグマの“獣”としての荒々しさを印象づけ、他方では極北のシンボル動物としての“聖性”をも強調することになった。

 その後ヨーロッパの動物園やサーカス団では生きたホッキョクグマを目にする機会が増えた。今世紀はじめ、ベルリン動物園の白熊“クヌート”の物語は、ある飼育員によって献身的に育てられた“愛らしい”ホッキョクグマの子熊として一躍世界的に有名な文化的アイドルに祭り上げられた。そして数年後に飼育員が亡くなり、その後を追うようにクヌートも病死したことで彼らは不可侵の伝説となっていった。

 いまなお進む地球温暖化により消えゆく北極圏の雪氷はそこに生きるホッキョクグマの生存を脅かしている。虚像と実像のはざまに生きてきた彼らのすべてが本書にある。山川純子訳。

三中信宏[進化生物学者]読売新聞書評(2020年12月13日掲載|2020年12月21日公開)