『鼻行類 : 新しく発見された哺乳類の構造と生活』

ハラルト・シュテュンプケ日高敏隆・羽田節子訳]
(1987年4月25日刊行,思索社,東京, vi+118 pp., ISBN:4-7835-0145-9

本書はかつてワタクシの書棚に “いた” はずなのに,今世紀に入ってからとんと見かけなくなった.必要があって探しているのだが,ナゾベームだなあ.リプリントされた平凡社ライブラリー版:ハラルト・シュテュンプケ日高敏隆・羽田節子訳]『鼻行類 : 新しく発見された哺乳類の構造と生活』(1999年5月15日刊行,平凡社平凡社ライブラリー・289], 東京, 152 pp., ISBN:4-582-76289-1)は目の前にあるのに.いったいどこに逃亡してしまったのだろう…….こういうときは闇雲な探索に時間と労力を費やすのはもったいないので,オンライン古書店でもう一冊発注した.ブツの価格にもよるが,これくらいだったらたとえダブっても買った方が精神的によろしい.

先日,とある書評記事の探索のため,ずいぶんひさしぶりに農環研の地下書庫を徘徊してきた.誰もいない図書館はシアワセの園だ.目的は古生物学者 George G. Simpson による Harald Stümpke の「鼻行類」本:Bau und Leben der Rhinogradentia のフランス語版の書評記事(1963)だ:George G. Simpson 1963. [Book Review] Harald Stümpke, Anatomie et biologie des Rhinogrades. Science, 140: 624–625. .幸いその “実在” は確認できた.

泣く子も黙る Science 誌であっても掲載がすぐに確認できないことがある.Simpson のこの書評は「Science, volume 140, issue 3567, 10 May 1963」に掲載されていることはすでに判明していた.しかし,Science 誌の当該号の電子アーカイヴをいくら検索しても「Simpson」の名前は目次にない.紙の実物を手に取ってその理由がやっとわかった.

この時代の Science 誌は署名書評記事であっても,目次には掲載されなかったようだ.そんなわけで,ジャーナル電子化の際に目次単位で “スライス” してしまうと,Simpson 書評もアーカイヴの闇に埋もれてしまったようだ.しかも,彼の書評記事だけフッターのノンブルが記されていない.最初はてっきり製本にともなう断裁作業でまちがってノンブル部分が裁ち落とされてしまったのだろうと推測したのだが,この書評の前後裏表のページはちゃんとノンブルが記されている.ということは,Simpson 書評だけ意図的にノンブルを付さなかったということだ.シンプソン先生,やらかしましたね.

分類学のパロディー(Spoofs in Taxonomy)」と題された彼の書評記事は,いたるところ風刺と諧謔に満ちている.ご興味のある向きはぜひ覗いてみるとおもしろいだろう.ワタクシ的には,こういう電子化から漏れ落ちた “灰色っぽい” 記事が紙の「フィジカル・アンカー」として確認できたことはとても気分がよい.

なお,この Simpson 書評はカール・D・S・ゲーステ[今泉みね子訳]『シュトゥンプケ氏の鼻行類:分析と試論』(1989年10月10日刊行,思索社,東京, vi+151 pp., ISBN:4-7835-0167-X)に,図版を除外した上で,記事本文が所収されている(pp. 112-117).ただし,この日本語訳にはとんでもない誤訳が含まれている.訳文は「本書は染色体その他の新しい分類手段にはまったく触れていない」(p. 115)となっているが,これは翻訳の真っ赤なウソ.Simpson の原文には「本書には回転行列もなければ三次パラメーターの推定値もまったくない」(p. 625)と書かれていて, “染色体” への言及はまったくないからだ.ここでいう “回転行列” とはおそらく主成分分析の固有ベクトル行列を指しているのだろうし, “三次パラメーター” とは頻度分布の歪度(skewness)を表す三次モーメントを意味しているにちがいない.Simpson は同時代の生物学者たちの中では飛び抜けて統計学に詳しかったことを考えれば,その皮肉の威力 —— フランス語版に序文を寄せた P. -P. Grassé に対する —— はいやが上にも倍増する.

—— いずれにせよ,こういう “探書探索” は楽しいもんです.