『瀬戸内文化誌』目次

宮本常一[田村善次郎編]
(2025年7月30日刊行[新装版]、八坂書房、東京, 411 pp., 本体価格2,800円, ISBN:978-4-89694-380-1版元ページ

大学図書館で袖を引かれた一冊。民俗学者・宮本常一は松山の対岸にある周防大島の出身で、瀬戸内海の民俗への関心を終生絶やすことはなかったという。


【目次】
瀬戸内海・いまむかし 9
瀬戸内の文化 55
瀬戸内往来 119
内海の漁業とくらし 225
安芸と備後の漁村と漁業 295

あとがき[田村善次郎]
初出一覧 410

『コロナの物語×心の科学——物語で読み解くパンデミックの社会心理学』目次

コロナの物語×心の科学——物語で読み解くパンデミックの社会心理学
三浦麻子・寒竹泉美
(2026年6月20日刊行、ちとせプレス、東京, 1 table + xii + 198 pp., 本体価格2,300円, ISBN:978-4-908736-47-6版元ページ


【目次】
カラー年表[折込図版]
はじめに——物語でたどる、パンデミック下の心と社会 i

第 I 部 2020年1月~2020年5月前半――感染の発生から第一回の緊急事態宣言が解除される前まで

浅井誠司❶ 2020年1月2日 2
 解説① コロナ・パニックと情報の広がり6
尾藤桃花❶ 2020年1月23日 14
 解説② コロナ禍をどう「研究」するか 21
土井颯太❶ 2020年2月3日 30
榎本真一❶ 2020年2月19日 33
 解説③ コロナというリスクをどう受け止めるか 37
 解説④ コロナにかかるのは自業自得? 39
千原恵美❶ 2020年3月24日 42
 解説⑤ トイレットペーパー買い占め騒動の社会心理 46
尾藤桃花❷ 2020年3月27日 50
 解説⑥ ウイルスという見えない脅威への抵抗 56
千原恵美❷ 2020年3月29日 62
 解説⑦ 日常とは、変わらない生活が続くこと? 68
土井颯太❷ 2020年4月7日 71
 解説⑧ オンライン授業と「場」の変化 76
 解説⑨ 数字が与える「もっともらしさ」 79
千原恵美❸ 2020年4月16日 82
 解説⑩ 「感染は自業自得」の国際比較 88
土井颯太❸ 2020年5月4日 92
 解説⑪ 陰謀論が「もっともらしく」見えるとき 101

第 II 部 2020年5月~2021年7月――第一回の緊急事態宣言の解除から東京オリンピックの開催まで

榎本真一❷ 2020年5月25日 106
 解説⑫ 「人の心とは戦わない」という発想から見えるもの 113
土井颯太❹ 2020年8月9日 118
 解説⑬ SNSという「世界」に呑み込まれないために 123
尾藤桃花❸ 2020年10月1日 126
 解説⑭ 過去の記憶を上書きしてしまう心理 132
千原恵美❹ 2021年4月12日 136
 解説⑮ コロナワクチンを打つ? 打たない? 144
浅井誠司❷ 2021年7月23日 149
 解説⑯ 一八〇度変わったように見える心―誠司の変心とその背景 154

第 III 部 エピローグ――コロナ、その後

浅井誠司、その後 160
 解説⑰ 緊張を持続するのは無理なこと 165
土井颯太、その後 168
榎本真一、その後 172
尾藤桃花、その後 176
 解説⑱ 認知バイアスを免罪符にしない 180
千原恵美、その後 182
 解説⑲ 社会のデフォルトを変えるほど強烈だったコロナという「状況の力」 186

制作後記 191
おわりに 194

『労研饅頭ものがたり』目次

労研饅頭ものがたり
もりみつこ[太田由美子協力]
(2026年5月30日刊行、創風社出版、松山、180 pp., 本体価格1,650円, ISBN:978-4-86037-365-8版元ページ

大街道の〈労研饅頭たけうち〉にてゲット。松山といえば「労研饅頭」。とはいえ、ワタクシも松山に住んでから初めてこの蒸しパンを知った。この由緒ある蒸しパンがたどった歴史をたどる。


【目次】
カラー口絵(pp.1-4)
はじめに 5

第 I 部 戦前の倉敷と松山 15

1章 倉敷で誕生して評判を呼ぶまで 17
2章 松山にやってきて根づくまで 42

第 II 部 全国の動向と戦時下 61

3章 一世を風靡した昭和ひとけた後半 63
4章 翻弄された戦時下 83

第 III 部 労研饅頭をとりまく人 97

5章 倉敷のバックグラウンド 99
6章 松山のバックグラウンド 124
7章 戦時下の東京で奮闘する 146

第 IV 部 戦後、再開の歩み 151

8章 岡山に広がるローマン圏 153
9章 松山「たけうち」の紆余曲折 163

おわりに 172

主な参考文献 174
主な取材・調査・写真等協力 177
あとがき 178

『山と獣 —— 焼畑と祭りにみる山村の民俗誌』目次

山と獣 —— 焼畑と祭りにみる山村の民俗誌
須藤功
(2025年7月10日刊行、農山漁村文化協会、東京, viii + 302 pp., 本体価格2,500円, ISBN:978-4-540-25109-2版元ページ


【目次】
カラー口絵 [i-viii]
はじめに 1
凡例 14
第1章 笛太鼓がさわやかに響く山村 16
第2章 山の暮らしを支えた焼畑 50
第3章 暮らしを語るまつりと芸能 100
第4章 米のご飯を食べる習俗 134
第5章 木の実も獣も山の幸 154
第6章 獣にまつわる祭事と芸能 210
第7章 花と風雨と神仏への祈り 250
おわりに 284
参考文献 290
県郡町村の参考文献 292
地名索引 [298-294]
事項索引 [301-298]
著者略歴 302

『「滅び」と生きる —— 宮崎県椎葉村における種間関係の動態』書評(まとめて)

「滅び」と生きる —— 宮崎県椎葉村における種間関係の動態
合原織部
(2025年5月25日刊行、京都大学学術出版会、京都, 4 color plates + 4 + 272 pp., 本体価格3,400円, ISBN:978-4-8140-0591-8目次版元ページ

冒頭の第 I 部「変わりゆく山村,生業,人々と土地の関係性」の第1章「椎葉村の生活世界」では、椎葉村が置かれている地理的状況と人口推移について概観している。第2章「「先祖の田」の生成 —— 限界集落における稲作の動態」では、椎葉村独特の棚田を維持する住民の苦労を描きつつ、それらの田畑は必ずしも遠い昔からの先祖伝来ではないという点が興味深い。歴史的な過去を “加上” しているのだろうか。

本書第 II 部「獣害:野生動物と人々との関わり合いの諸相」では、舞台となる宮崎県の椎葉村での人間と動物たちとの関わり合いについての記述がとてもおもしろい。

ずいぶん前に、柳田國男・倉田一郎(編)『分類山村語彙』(1941年5月15日刊行,信濃教育會,長野, 4+410 pp.)を読んだとき、イノシシやシカの狩猟に関わるさまざまな語彙があり、その背後には地域ごとの民俗と知識体系があることを知った。その後、書評する機会があった大著:野本寛一『生きもの民俗誌』(2019年7月30日刊行,昭和堂,京都, xviii+666+xxiii pp., ISBN:978-4-8122-1823-5)の冒頭第1章「獣——ケモノ」(pp. 17-355)にも、シカ・クマ・イノシシをめぐる膨大な民俗学的情報が集められていた。

椎葉村にはクマはもういないようだが、イノシシとシカをめぐる狩猟文化は現在まで根強く残っていると著者は書いている(第3章「「害獣」を仕留め山の神に捧げる —— イノシシ・シカの狩猟と有害鳥獣捕獲との関連について」)。イノシシがダニ落としのためにのたうつ「ヌタ場」があることは『分類山村語彙』や『生きもの民俗誌』ですでに知っていたが、本書ではその「ニタ場」を写真入りで見ることができる。[なお、p.79「写真3-7:獣密」は p.70「写真3-1:獣道」と同一なので、おそらく組版の際の貼り込みミスだろう]

椎葉村でのサルによる被害は近年ひどくなっているらしい。第4章「猿害から生成される「サルの祟り」の多層性」では、サルへの住民の姿勢にイノシシやシカとは異なる側面があることを著者は強調する。サルの狩猟文化が椎葉村ではもともと根づいていないことに加えて、 “サルの祟り” なる地域伝承がサルに対する向き合い方にかなりつよく影響しているという。

続く第5章「大型囲いワナが椎葉村に設置されるとき —— サル捕獲機具の開発と利用をめぐる考察」は、犬山のモンキーセンターでつくられたサル群捕獲用の「大型囲いワナ」が、椎葉村でどのような使われ方をしたかを論じる。たとえ効率的にサルの群れを捕獲できたとしても、最後の瀬戸際で仕留める側の住民は躊躇するという。同じ害獣であっても、住民との長い交流史のあるイノシシやシカと比べれば、新参者のサルはまだ “付き合い方” がこなれていないということだろうか。

第 III 部「家畜化 —— 複数種の協働をめぐる諸相」は猟犬と蜜蜂の話題に移る。

まず第6章「猟犬の「変身」 —— 猟師と猟犬の接触領域に着目して」から。犬は長年にわたって人間の伴侶動物だったが、こと猟犬に関して言えば、椎葉村ではイノシシやシカを狩るときには猟犬が欠かせない。狩猟中は人間と猟犬とは同格の扱いとなり、狩猟中に死んだ猟犬は「コウザキ様」として祀られるという。その一方で、 “狩猟ツール” としての猟犬の人為選抜は過酷で、もともと能力のない子犬はどんどん間引かれるとのこと。同じ猟犬であっても、狩猟中と育種中では、扱いがまったく異なる。

続く第7章「養蜂をめぐるハイブリッド・コミュニティの生成 —— 知覚を通じた複数種間の交渉に着目して」では、椎葉村のニホンミツバチの養蜂業に目を向ける。蜜蜂は農林水産省的には、ただの “昆虫” ではなく、産業上重要な “家畜” として扱われる。本章では椎葉村の養蜂の歴史の中で、人間と蜜蜂がどのように関係をつくってきたかを考察する。人が蜂群をどのようにコントロールできるか。数多の試行錯誤を通してこの地域の養蜂業は存続してきた。第8章「ニホンミツバチの減少と養蜂の変容」は、近年の環境破壊とシカによる森林植生の損傷、さらにはアカリンダニのような外来生物や農薬の使用が養蜂業に与えている影響を論じる。この地域特有の「焼畑農業」のもつ効用についても触れられている。

最後の第Ⅳ部「シカ肉の商品化 —— ジビエ事業の拡大とシカ—人関係の変容」の第9章「シカ肉のジビエ利用をめぐる考察 —— 宮崎県の山間部におけるシカ肉生産の過程に着目して」では、椎葉村地域でのシカ個体群の動態とシカ肉の加工・流通について考察する。1980年代までは椎葉村ではシカが目撃されることはほとんどなかったらしい。しかし、その後、雌シカの保護政策により、シカ個体数は指数的に増え、今世紀に入ってからは制御できない段階になったという。その結果、温暖化の影響も重なり、シカの食性や繁殖期も急速に変化し、そのことが人間とシカとの関わりをも変えつつある。椎葉村では、他地域とは異なり、シカ肉が食用肉ではなくもっぱらドッグフードとして加工・販売されている背景には、椎葉村ならではの地理的特徴とシカ狩りの狩猟文化があると著者は指摘する。

本書全体を通じて、人間の他の生物とのつながりを意味する「アッセンブリッジ(assemblage)」と、地域ごとの「伝統的な生態学知識(TEK: Traditional Ecological Knowledge)」を踏まえて、椎葉村のケーススタディーを構成している。ワタクシは、群集生態学と民俗生物学の著作として本書を楽しんだ。

近年の「マルチスピーシーズ人類学」は、生態学が長年積み重ねてきた群集や生態系の中での種間関係の研究に収斂しているようにワタクシは感じるが、それは気のせいだろうか? マルチスピーシーズ人類学がたとえもっと人間寄りの軸足だとしても、それは程度の問題に過ぎないのでは?

『本棚の記憶 —— みなか先生の読書人生と〈みなか食堂〉の自炊爛漫』ブツ着便!

本棚の記憶 —— みなか先生の読書人生と〈みなか食堂〉の自炊爛漫
三中信宏
(2026年6月10日刊行、灯光舎[本と人生・2]、京都, xiv+277+17 pp., 本体価格2,300円, ISBN:978-4-909992-11-6目次版元ページコンパニオンサイト

京都から着便。もし書店で見かけたら、またいで通り過ぎないでー。

『本棚の記憶』着便

『古文鳥類学——平安貴族が愛でたのは本当にホトトギスなのか』読了

古文鳥類学——平安貴族が愛でたのは本当にホトトギスなのか
三上修
(2026年5月19日刊行、岩波書店[岩波科学ライブラリー・343]、東京, 8 color plates + x + 128 + 4 pp., 本体価格1,700円, ISBN:978-4-00-029743-1目次版元ページ

ひばり・ほととぎす・かもめなど身近な鳥たちを取り上げ、古文に記されたそれらの鳥の記述を踏まえて、人間がその歴史の中で鳥たちの存在をどのように受け留めてきたのかに光を投げかける。とりわけ第5章「江差追分の「かもめ」は何かもめ?」で展開されている民謡の分析は、民俗鳥類学そのものであり、鳥類学者ならではの視点が光る(「決定木分析」はこう使う好例)。著者はとても興味深い “鉱脈” を掘り当てたのではないだろうか。 “古文鳥類学” があるのなら、同様の視点で “古文昆虫学” や “古文魚類学” も当然あり得るだろうから。

『古文鳥類学——平安貴族が愛でたのは本当にホトトギスなのか』目次

古文鳥類学——平安貴族が愛でたのは本当にホトトギスなのか
三上修
(2026年5月19日刊行、岩波書店[岩波科学ライブラリー・343]、東京, 8 color plates + x + 128 + 4 pp., 本体価格1,700円, ISBN:978-4-00-029743-1版元ページ

ご恵贈ありがとうございます。さっそく読了。


【目次】
カラー口絵(8 pp.)
はじめに iii
1 「庭にスズメが来ました」――生物の〈名前〉ってむずかしい 1
2 古典に鳥を探す意義――日本の古典は鳥だらけ? 14
3 「比婆理」の謎、「都鳥」の謎――種名の推定・入門編 32
4 平安貴族が愛でたのは本当にホトトギス? 54
5 江差追分の「かもめ」は何かもめ? 92
6 いにしえの鳥の推定は何をもたらすか 117
おわりに 125
文献・出典一覧 [1-4]

『「滅び」と生きる —— 宮崎県椎葉村における種間関係の動態』第II部まで読了。

「滅び」と生きる —— 宮崎県椎葉村における種間関係の動態
合原織部
(2025年5月25日刊行、京都大学学術出版会、京都, 4 color plates + 4 + 272 pp., 本体価格3,400円, ISBN:978-4-8140-0591-8目次版元ページ

途中まで読み進んでいる。本書第 II 部「獣害:野生動物と人々との関わり合いの諸相」では、舞台となる宮崎県の椎葉村での人間と動物たちとの関わり合いについての記述がとてもおもしろい。

ずいぶん前に、柳田國男・倉田一郎(編)『分類山村語彙』(1941年5月15日刊行,信濃教育會,長野, 4+410 pp.)を読んだとき、イノシシやシカの狩猟に関わるさまざまな語彙があり、その背後には地域ごとの民俗と知識体系があることを知った。その後、書評する機会があった大著:野本寛一『生きもの民俗誌』(2019年7月30日刊行,昭和堂,京都, xviii+666+xxiii pp., ISBN:978-4-8122-1823-5)の冒頭第1章「獣——ケモノ」(pp. 17-355)にも、シカ・クマ・イノシシをめぐる膨大な民俗学的情報が集められていた。

椎葉村にはクマはもういないようだが、イノシシとシカをめぐる狩猟文化は現在まで根強く残っていると著者は書いている(第3章「「害獣」を仕留め山の神に捧げる —— イノシシ・シカの狩猟と有害鳥獣捕獲との関連について」)。イノシシがダニ落としのためにのたうつ「ヌタ場」があることは『分類山村語彙』や『生きもの民俗誌』ですでに知っていたが、本書ではその「ニタ場」を写真入りで見ることができる。[なお、p.79「写真3-7:獣密」は p.70「写真3-1:獣道」と同一なので、おそらく組版の際の貼り込みミスだろう]

椎葉村でのサルによる被害は近年ひどくなっているらしい。第4章「猿害から生成される「サルの祟り」の多層性」では、サルへの住民の姿勢にイノシシやシカとは異なる側面があることを著者は強調する。サルの狩猟文化が椎葉村ではもともと根づいていないことに加えて、 “サルの祟り” なる地域伝承がサルに対する向き合い方にかなりつよく影響しているという。

続く第5章「大型囲いワナが椎葉村に設置されるとき —— サル捕獲機具の開発と利用をめぐる考察」は、犬山のモンキーセンターでつくられたサル群捕獲用の「大型囲いワナ」が、椎葉村でどのような使われ方をしたかを論じる。たとえ効率的にサルの群れを捕獲できたとしても、最後の瀬戸際で仕留める側の住民は躊躇するという。同じ害獣であっても、住民との長い交流史のあるイノシシやシカと比べれば、新参者のサルはまだ “付き合い方” がこなれていないということだろうか。

『されど われらが日々——』ジャケ買い

されど われらが日々——
柴田翔
(2007年11月10日新装版刊行[文春文庫・し-4-3/原本:1964年8月、文藝春秋]、文藝春秋、東京, 269 pp., 本体価格710円, ISBN:978-4-16-710205-0版元ページ

書名はもちろん知っていたが、手に取ったことはこれまで一度もなかった。出版当時はベストセラーかつロングセラーだったらしいが、1950年代の話はワタクシから見てもさすがに時代がちがいすぎる。

なぜ今になって文庫本を手にしたかと言えば、カバージャケットにあしらわれているかつての東大駒場寮の写真が引き寄せたから。大薄朋子が撮影したこの写真は、当時の駒場寮「中寮」の奥(当時の「寮食」側)から玄関方向を写したものだろうか。そうであれば、玄関の向こうには駒場キャンパスの銀杏並木が伸びていたはず。

そんなわけで、本書はまさに “ジャケ買い” 。小説本体は今後もきっと読まないままになるだろう。

参考:大薄朋子『2001年の夏休み 東京大学駒場寮写真集』(2015年9月発行 → https://tomoshop.booth.pm/items/144438