『生物体系学』

直海俊一郎

(2002年5月8日刊行,東京大学出版会[Natural History Series], ISBN:4130601806



【書評】

※Copyright 2002 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

新たな進化体系学から生物分類を見直す試み

生物分類学は,地球上に存在する(した)膨大な生きもののカタログをつくるという大事業を進めてきた.本書の著者は「生物を発見し,記載するという使命」(p.302)が分類学者にはあるのだと言う.確かにその通りだ.地球的な規模での絶滅のリスクが高まる現在,生きものが消滅する前にその存在記録を与えることは急務だ.

本書は,生物分類学の現場での仕事をふまえて,分類の理論,実践,問題点,そして将来ビジョンを描きだした本である.著者自身によるオリジナルな考えがいたるところに見られ(とくに第1章),生物形態を記載する分類学および地理的分布を記載する分布学が「非時間的学問」(p.70)と規定されるなど,きわめて刺激的な内容を含む.

ただし,生物分類学・生物地理学の基本的な理論構造を分析し,新しい分科体系を提唱する第1章から読み始めるのはきつい.むしろ,著者が長年にわたって携わってきたハネカクシ類(昆虫)の分類研究事例が含まれる第3章(分類学)と分布学(第4章)の方がむしろ取りつきやすいだろう.その後,第2章の科学史的記述を通して,ギリシャ時代以降の生物分類学がたどってきた道のりを振りかえると,著者がなぜいま生物分類学の再興が必要であると確信するようになったのかが見えてくる.そして,最後に,もっとも哲学的な内容をもつ第1章に戻れば,著者の目指す「新しいタイプの進化体系学」(p.55)がどのような文脈のもとで構想されるにいたったのかがきっと理解できるだろう.

本書の最初の構想は20年あまり前にさかのぼると著者は告白する(p.298).実際に生物分類の現場に身を置きながら,学問としての生物分類学のあり方について徐々に思索を重ねた産物が本書であると私は感じる.決して読みやすい本ではないが,生物多様性に関心をもつ一般の読者に,そして将来を担う「若手分類学者を対象として」(p.208)向けられた著者のメッセージを正面から受け止めたい.

人間は誰でも「分類」をし続けている.食べ物や本を分類することは,ごく日常的な営為だ.ふだん目にする生きものならば,けっこううまく分類してしまう.分類することは,生物・無生物を問わず,周囲にある雑多なものを頭の中で整理するために備わっている,たいそう便利な能力だと私は考えている.

分類は確かに役に立つ.

三中信宏(20/May/2002)


『生物体系学』

直海俊一郎

(2002年5月8日刊行,東京大学出版会[Natural History Series], ISBN:4130601806



【目次】
はじめに――生物体系学:その新たなる出発 i

第1章 体系学(systematics) 1

1.1 理論と学問 2
1.2 体系学における多元論 7
1.3 従来の classification, taxonomy, phylogenetics および systematics 12
(1) Classification 12
(2) Taxonomy 15
(3) Phylogenetics 18
(4) Systematics 21
1.4 Classification, taxonomy, phylogenetics および systematics の訳語 26
1.5 新しい生物体系学 32
(1) 分類学,系統学および狭義体系学の定義と構造 32
(2) 系統学と狭義体系学の活動――新しい生物体系学の提唱 45
(3) 生物体系学の重要な分野としての分布学と歴史生物地理学 55
(4) 広義体系学の構造――5分科の関係と仕事 67

第2章 体系学の歴史と様々なアプローチ 77

2.1 プラトンアリストテレスの分類へのアプローチ 77
(1) プラトン 78
(2) アリストテレス 81
(3) 中世のリネーウス時代の分類の背景をなした哲学はアリストテレス本質主義か 85
2.2 リネーウスの生物分類とプラトンに源を発する類型学 87
(1) スコラ流の論理学と論理的分類 90
(2) リネーウスの生物分類と論理的分割 93
(3) プラトンに源を発する類型学 96
2.3 慣習分類学 98
2.4 進化体系学 102
(1) 進化体系学の確立 103
(2) 進化分類 105
(3) 形質整合性分析と凸表形学 109
(4) ‘進化する’進化体系学 115
2.5 数量表形学 118
(1) Adanson の自然分類 119
(2) Adanson の自然分類と Beckner の多型概念 121
(3) 20世紀前半における Adanson流の自然分類 124
(4) 20世紀後半における数量表形学 125
2.6 分岐学 132
(1) 観念論形態学・類型分類学から W. Hennig の『系統体系学』へ 133
(2) 『系統体系学』における系統学革命 144
(3) 分岐学の変容 154
(4) 2つの現代分岐学の学派―― Hennig 分岐学と最節約分岐学 166

第3章 分類学(taxonomy) 176

3.1 生物分類の手順 177
(1) 個体をまとめて種を認識する 178
(2) 種を一群の種や種より上位の分類群にまとめる 179
(3) 分類群の階級を決定する 180
(4) 分類群を中立用語を用いて区分けする 182
3.2 リネーウス式階層分類 183
(1) リネーウス式階層分類 183
(2) 分類カテゴリーと中立用語 186
(3) 分類群 195
(4) タイプ法 200
(5) 分類群の名前 201
3.3 生物をいかに記載・分類するか 207
3.4 生物分類の実践――メダカハネカクシ属の種分類 223
(1) メダカハネカクシ属の種分類のための有用形質 223
(2) メダカハネカクシ属の種分類の実践 228
3.5 分類学の積極的評価 233
(1) 分類学は生物学にとって不可欠な学問である 234
(2) 分類学は系統学の基礎学問である 237
(3) 優れた記載とはどういう記載のことであるか 238
(4) 記載論文をおもしろくするために分類学者は何をすべきか 239
3.6 分類学者が試みた系統学的研究における諸問題 242
(1) “素朴実在論的アプローチ”をめぐる問題 244
(2) “主観主義的アプローチ”をめぐる問題 253
(3) “発見”をめぐる問題 259

第4章 分布学(chorology) 268

4.1 分布学とはどういう学問か 269
4.2 分布学の研究 275
(1) 種および亜種の分布の研究 276
(2) 地域個体群の分布の研究 284
(3) 高次分類群の分布の研究 285
4.3 ブチヒゲハネカクシ属の研究をとおして分布学の重要性を知る 288
(1) ブチヒゲハネカクシ属の分布学的研究 288
(2) 分布学的研究の限界 291
(3) 分布学の重要性 297

おわりに 298
引用文献 303
索引 328