『なぜ貝の化石が山頂に?:地球に歴史を与えた男ニコラウス・ステノ』

アラン・カトラー

(2005年8月9日刊行,清流出版,ISBN:4860291166



【書評(まとめ)】

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黎明期の地質学・古生物学を論じた本.デンマーク出身の主人公ニコラウス・ステノは,若い頃は相当に知的放浪的な学び方をしたらしい.故国デンマークで有能な解剖学者として売り出しつつあったステノは,戦火を逃れ,オランダ,フランス,そして最後にイタリアにたどりついたという.1638年生まれのステノがイタリアにやってきたとき,チェシやガリレオが活躍した Accademia dei Lincei はすでになく,実験科学を重視する Accademia del Cimento がステノに活動の場を与えたそうな.ステノ自身の解剖学から地質学への転向もさることながら,17世紀の自然科学の動向が垣間見えて興味深い.その後,科学から宗教の世界に転身し,ヨーロッパ各地で迫害されつつ,厳しい生涯を送ったそうだ.

近代地質学の創始者にして.後半生はキリスト教とともに生きた「聖者」という筋書きの内容だが,とりわけライプニッツとの交流が興味深い.ステノの見解と「化石は石の中で成長する」という当時受容されていた見解との衝突が随所に出てくるが,その頃,両者は“科学的”な説明としてはきっと同格だったのだろう.ステノの主著『固体について』(山田俊弘訳『プロドロムス:固体論』,2004年11月20日刊行,東海大学出版会,ISBN:4486016688.→版元ページ)のほかにも“失われた地質学論文”原稿があったそうだ.ステノはヨーロッパ大陸に生きたのだが,イングランドの王立協会への波及とか,ケンブリッジ大学に古生物学の寄付講座ができた話など,本書にはステノをめぐる科学と宗教のさまざまな話題が盛り込まれている.

ステノはグールドのエッセイにもたびたび登場する人物で,かつて彼の『ニワトリの歯:進化論の新地平(上下)』(1988年10月刊行[1997年11月文庫化],早川書房ISBN:4150502196 / ISBN:415050220X)を訳したとき,いちばん最初に手がけたのがステノの伝記エッセイ(第5章:「The Titular Bishop of Titiopolis」)だったことを思い出す.

訳文は読みやすいのだが,引用文献は省かれている.縦書きの索引に多くのページを費やすのであれば,むしろ文献を省かないようにしてほしかった(両方とも必要なんだけど)

三中信宏(19/August/2005)