『甦れ,ブッポウソウ』

中村浩志

(2004年6月1日刊行,山と渓谷社ISBN:4635230007



【書評】

※Copyright 2005 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

自然界には,人間社会と同じように,まだ解決されていない問題やよくわかっていないことがたくさんある.とりわけ,人間の日々の生活に直接関係しないように見える野生の生き物たちがいったいどのような生活をしているのか,どこからやってきてどこに行くのか,そして何よりも,そのような多くの動植物たちがほんとうに人間にとって関係のないものだと言ってしまっていいのか.このようなことは,実際に調べてみてはじめてわかることなのだと思う.先入観や偏見ではなく,実際に自然の中に入って生き物たちを目の当たりにし,長い時間とエネルギーをかけてデータを集め,それをもとにしてああでもないこうでもないと推理を重ねる.もちろんそこには回り道の試行錯誤もあるだろうし,意見の対立もきっとあるだろう.しかし,そのような曲がりくねった道のりを越えてはじめて,自然や生き物への理解が深まっていくのだと思う.

本書は,人間のすぐ近くに暮らすブッポウソウという渡り鳥について書かれた本だ.真っ青な羽根をもつこの鳥は,日本では千年も前から「仏法僧」という言葉を発する霊鳥とみなされて,ブッポウソウという名前がつけられたのだという.けれども,実際には,ブッポウソウは「仏法僧」とは鳴かない.「仏法僧」とさえずるのはコノハズクという別の鳥だということがわかったのは,ほんの七十年前のことだったというのは驚きだ.「姿のブッポウソウ」と「声のブッポウソウ」とはちがう鳥だった.たとえ一千年の間にわたって続いた俗説であっても,実際に調べてみればまちがいであることがわかってしまう.それを明らかにしたのは鳥類学者たちだった.

この本の著者はカッコウという鳥を長年研究してきた鳥類学者だ.ブッポウソウに興味をもった著者は,この鳥についてさまざまなこと(暮らし,子育て,渡りなど)を明らかにしてきた.高い木の上の穴に巣を作るブッポウソウを調べるには研究者もまた木登りをしなければならない.著者と学生たちは,携帯ハシゴを使った日本の伝統的な木登りのわざを身につけ,山の中にどんどん分け入り,何日もの間,鳥たちの近くにテントを張って観察を続け,必要があれば巣のある木に登り,悪臭ただよう巣穴に腕を差しこむこともあったという.それは高木の上に暮らす鳥たちの生活についての研究をする科学者の熱意と関心があってはじめてやり遂げられる野外調査だ.

信州の山間で二十年間続けられたブッポウソウの野外調査によって,これまで知られていなかったこの鳥の生態や習性がはじめて明らかにされた.そのひとつが「プルリングの謎」の解明だ.ブッポウソウの巣穴からは缶ジュースのプルリングが見つかることがよくあった.実際,親鳥がプルリングをくわえている写真も撮られている.これまでわからなかったのは,なぜブッポウソウがプルリングを巣に運ぶのかということだった.餌とまちがえて運んでいるとか,オスがメスの気を引くためにもっていくとか,いろいろな主張があった.著者と学生もこのブルリング問題の解決までにはいろいろ試行錯誤したと書かれている.結局,親鳥は,砂のうの中で食べ物をすりつぶす「碾き臼」に用いられてきた石ころや貝殻の代わりに,アルミでできたプルリングをひな鳥に飲み込ませるということがわかった.人間のすむ地域の近くに住む鳥たちが,このように人間社会に順応しながら自分たちの暮らしをうまく営んでいるというのは印象的だ.

人間社会の近くに住むということは,その反面,ブッポウソウの生活環境にも大きな影響を及ぼす.巣がつくれるようなブナの大木がどんどん伐採されて減っていったり,里山や田畑が開発されてしだいになくなっていくといった環境の変化は,ブッポウソウの暮らしを直撃する.しばらく前まではそれほど珍しくなかったこの鳥が,今では絶滅寸前にまで減ってしまったことを著者はいろいろな観察結果を踏まえて読者に示す.そして,ただこの現実を前にしてなげくだけではなく,どのような方策をとればブッポウソウをもう一度増やすことができるのかを考え,実行に移す.そのひとつが地元の学校の生徒とともに巣箱をかけるという共同作業だった.

ひとたび失われた自然とそこにすむ生き物をもういちど取り戻すのは簡単なことではないだろう.著者はさまざまな努力をしてきてもなおブッポウソウがなかなか増えないという.ブッポウソウだけの話ではないということだ.ブッポウソウの住む森やそこに生きる他の生き物たちも含めて(そこには人間も含まれているにちがいない),その全体を守るようにしていかないと,長い目で見てよい結果を生まないこと,そのためには科学者だけでなく社会すべての協力が欠かせないことがこの本を読んでよく理解できた.

三中信宏(31/August/2005)