『Cladistics and Archaeology』

Michael J. O'Brien and R. Lee Lyman

(2003年刊行,The University of Utah Press, Salt Lake City, xxiv+280 pp., ISBN:0874807751目次



【書評(まとめて)】

※Copyright 2006 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

「文化系統樹」の推定に向けて

生物体系学における系統樹の推定理論(とくに分岐学)について少しでも事前に知っていれば,本書は何の違和感も抵抗もなくするっと読み進めるだろう.系統推定の対象が,生物ではなく,考古学の遺物や文化というだけのちがいしかない.著者らは生物系統学の手法がそのまま文化系統学にも適用できることを前提として議論を進める:




Transmission creates what archaeologists have long referred to as tool traditions. Given this perspective, things found in the archaeological record are appropriate for phylogenetic analysis. (p. 225)



石器のような考古学的遺物は,その製作者の系譜を通じて,道具伝承(tool tradition)すなわち「文化系統樹」を形成する.考古学的形質の系統解析を通じて道具伝承,そしてその背後にある文化の系譜の推定が考古学の目的であると著者たちは言う.

本書で使われている系統推定法はすべて分岐学からの“直輸入”である.そして,考古分岐図(出土した矢じりの形質データ)の推定には〈PAUP*〉が,そして遺物の形質変化の推定には〈MacClade〉が用いられている.これだけ概念や用語が共通していれば,生物学と考古学を隔ててきた【壁】などどこにもないかのようだ.

Part I(第1〜3章)では,生物体系学における現代史を振り返り,分類学と系統学についての概論が述べられている.生物体系学史を知っていれば,この Part I はスキップしてもまったく支障はない.

続く Part II(第4〜7章)では,アメリカ東南部から石器として出土する“鏃”を例として,分岐学的方法を用いてどのように石器の分岐図を推定するのかが論じられる.とくに,考古学的な形質とそのコード化の問題が論じられている.予想されるように,本書では「形態形質」に基づく系統推定をテーマとしているので,さまざまな遺物の“かたち”が対象形質として取り上げられる.幾何学的形態測定学の手法は本書ではまったく言及されていないが,それを含めればさらに興味深い結果が得られるかもしれない.

第6章では,発見的に探索された同長分岐図の集合から無作為抽出して合意樹を計算することで,クレードの“信頼度”を調べるという手法が説明されているが,ふつうはこういうやり方はしないと思う.ブーツストラップのような形質からのリサンプリング統計学が本書ではまったく解説されていないが,系統樹の信頼性はむしろこのやり方ですべきだろう.第7章では,系統樹上の形質マッピングと考古学バージョンの系統地理学(phylogeography)の適用例が示されている.考古学系の読者は疎外されるかもしれないが,生物学系の読者にとってはなじみ深い内容だろう.

著者らは,考古学が関連諸科学との関連の中で占める位置について次のように言う:




Archaeology is just that: a historical science. Its sole claim to unique status within the human sciences is uts access to portions of past phenotypes —— something that ethnographers, sociologists, psychologists, historians, and others who study humans do not have. …… Thus we take as archaeology's most important goals the writing and explaining of the history of human phenotypes. (p. 227)



考古学が人間の表現型(あるいは延長表現型)の学であり,それらが系譜を形成するとき,系統樹が考古学における基本ツールのひとつとなることは必然でしょう.実際,著者らが分岐学的方法を採用するにいたった動機もそこにあるようで:




We view cladistics as the most important of the various methods. Cladistics is not a method that depends on genetic continuity as a basis for reconstructing phylogeny. Rather, it depends solely on heritable continuity, irrespective of the mode of transmission. Proper use of cladistics in archaeology recognizes biological (genetic) and cultural transmission, both of which play a role in the evolution of such things as tool traditions. (p. 228)



そして,最後に,分岐学的方法は万能薬でもなければ,お手軽なツールでもないという感想が述べられている:




Cladistics is an iterative process, and it demands patience and persistence. (p. 229)



“Intellectually demanding”という点では,分岐学以外の系統推定法も似たり寄ったりだと感じる.自動販売機のように,データをポンと入れれば,適当な系統樹が即座にガラガラと転がり落ちてくるわけではないから.

1980〜90年代にかけて,歴史言語学と写本系譜学の学界に分岐学の理論が浸透していったのとまったく同じコースを考古学もきっとたどるのだろう.それをtree-thinking の浸透とみなすのもよし,分岐学の汎用性とみなすのもよし.メソッドとしてのあるいはものの考えかたとしての分岐学の一般性について知る上で,この教科書は生物系の読者にとってもきっと「畑違い」ではないと思う.とりわけ,最近の分子系統学で広まりつつある最尤法やベイズ法が言語や遺物の歴史推定にも用いられはじめている状況を見るとき,系譜推定に学問の「壁」はないのだという感を強くする.

学問分野を問わず,まず最初に〈系統樹〉という離散構造が導入され,その後で進化モデルの背景仮定や確率統計的な考察が追ってくるというのはほとんど確定したコースのように思える.その意味を“上空”から考えるのは大切なことだ.何もないところでは,認知化された最節約原理がきっと最初に要求されるのだろう.もろもろのことは,その後から上陸してくる.最初に上陸したものは背後に回るが,消滅することはない.バックグラウンドでじっと生き続ける.

本書ははたして系統学的考古学の「教科書」として使えるのかという疑問が,読後に湧いてくる.考古学や先史学での体系学的方法については,最近リプリントされた Robert C. Dunnell『Systematics in Prehistory』がある.しかし,この本は,数量表形学華やかなりし1970年代前半のオーラの〈缶詰〉にほかならない.歴史的には価値があっても,いまそのままの形で使えるわけではない.それに比べると,上記の新刊は〈使える度〉がはるかに高いだろう.私はこの本をあるセミナーの教材として用いているのだが,おそらく適当なチューターなり事前知識がないままに本書をひもといても,初学者にはよく理解できない部分が少なくないのではないだろうか.少なくとも系統樹の推定に関わるすべての章(第2〜3章と第6〜7章)は,生物系統学の教科書を読んだ方がはるかに体系的な理解が期待できるだろう.考古学畑の想定読者もまた,本書系統学を学ぶのではなく,本書から系統学の世界に入っていく方がきっと幸せになれるだろう.

本書を読む価値があるとしたら,それは考古学的な伝承なり系譜を系統推定の対象とみなさなければならない学問的動機づけ(第4章)とそれにともなう考古学的形質と形質状態の設定とコード化の問題(第5章)の解説にあるだろう.とくに,考古学的な遺物・民俗・文化など“非生物”の系譜を論じることがかつての文化史考古学ではいかに困難であったか,そしてその後のプロセス考古学やポストプロセス考古学にいたってもなお“文化系統”がまともに論議の対象とされてこなかった科学史的な経緯を知ることは,tree-thinking を個別科学にもちこむときに生じるいくつかの興味深い問題を示してくれる.

なお,系統学的考古学に関する最新の論文集が昨年相次いで出版された:Ruth Mace, Clare J. Holden, and Stephen Shennan (eds.) 『The Evolution of Cultural Diversity: A Phylogenetic Approach』(2005年刊行,UCL Press,ISBN:1844720993 [hbk] / ISBN:1844720659 [pbk] →目次);Carl P. Lipo, Michael J. O'Brien, Mark Collard, and Stephen Shennan (eds.)『Mapping Our Ancestors: Phylogenetic Approaches in Anthropology and Prehistory』(2005年12月刊行,Transaction Publishers,ISBN:0202307506 [hbk] / ISBN:0202307514 [pbk]→目次).また,考古学の現代史については,同じ著者らによる Michael J. O'Brien, R. Lee Lyman, and Michael Brian Schiffer『Archaeology as a Process: Processualism and Its Progeny』(2005年,The University of Utah Press,ISBN:0874808170目次)がたいへん参考になる.

考古学の業界の中で,系統推定に関わる学問的な動きがどのようにこれから広まっていくのかは今後なお注目していきたい.

三中信宏(2/January/2006)