『ファイトテルマータ:生物多様性を支える小さなすみ場所』

茂木幹義

(1999年12月10日刊行,海游舎,ISBN:4905930324



【書評】

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恥ずかしながら「ファイトテルマータ」−植物が保持する水たまり(p.14)−という言葉を私は本書で初めて知りました。巻末の文献リストを見ると古くから研究が進められていて、著者を含む日本人による研究もずいぶんあったのですね。蚊の防除の上でファイトテルマータの研究は不可欠とのこと。本書の著者によると本書はファイトテルマータに関する世界初の単著だとか。葉腋・樹洞・切り株・竹節・落ち葉などに溜まる「ちょっとした水」に生息する生き物たちが本書の主役です。しかし、私にはそういう変わった生き物たちを薮を分け入り木に登ってまで捜し回る研究者群像が行間にほの見えてくるところにむしろ本書の魅力を感じました。とりわけ、著者自身による豊富な研究例(ファイトテルマータ群集の生態)が随所に盛り込まれ、多くの写真(カラー図版を含む)とともに、読者を離しません。私も一気に読んでしまいました。

以前、NHKのテレビ番組「地球いきもの紀行」で南米のヤドクガエルが葉腋の水たまり−あれがファイトテルマータだったのか!−に産卵し、餌代わりに無精卵を産み落とすという生態を目にして、強い印象を受けました。さらに、その番組では、ヤドクガエルが孵ったオタマジャクシを背負ってファイトテルマータの間を行き来するという映像も映されました。本書にはそれと同じくらい「驚きの生き物たち」が入れ代わり登場します。とりわけ昆虫類(蚊を中心に)が多いので昆虫学者は本書の内容に関心をもつでしょう。狭い狭いファイトテルマータ内での捕食被食関係・競争関係の精妙さ、ファイトテルマータの古さによる生物相の変遷などは生態学的におもしろいテーマです。

しかし、そういう生態学的問題とは別に、ファイトテルマータの生物相の歴史的形成を論じた第11章が特に私の興味を引きました。ファイトテルマータは一つの「地域」ですから、そこにいる生物たちの系統発生は伝統的な意味での歴史生物地理学的な解析が可能だろうと私は考えます。ファイトテルマータを提供する植物とそこに生息する生き物の分子系統樹を突き合わせてみれば、共進化の歴史について何か言えるのではないでしょうか。
 本書の最後はファイトテルマータの保全生物学で締めくくられます。ファイトテルマータのような「ミクロな環境」を保全するっていうのは、通常私たちが想像するような「マクロな環境」の保全とはまた別の考慮・配慮が必要なのでしょうね。保全生物学に関係する人もきっと本書を楽しむでしょう。
三中信宏(2/March/2000)