『紙つぶて:自作自注最終版』

谷沢永一
(2005年12月5日刊行,文藝春秋,東京, 943+xxxxvii pp., 本体価格5,000円, ISBN:4163677607

【書評(まとめて)】

 

見開き2ページで「自作」と「自注」がセットになっていて,快調に読み進める.言いたい放題がこの著者のキャラなので,それさえ気にならなければ愉しい読書時間がもてるかもしれない.この著者は標的の“好き嫌い”がはっきりしているので,本書の中で繰り返し誉められたり(森銑三渡部昇一のように),何度も貶されたりする(吉田精一や“共産党”系評論家たちのように)人や本が出てくる.ソシオグラムを描いてみるとおもしろいかもしれない.これまでの著書では,文句の言い方がえげつないのが気になったが(もっと“くるんで”言うたらええのに),本書にかぎっては見開き読み切りという記事の体裁が幸いして,大量の「毒」が全身にまわらないようだ.

 

目立った穂をいくつか摘む —— 著者によると,出版社から出されている「PR誌」の歴史については斎藤昌三書物誌展望』(1955年5月15日刊行,八木書店,ISBNなし)が決定版だという(p. 39).

 

また,著者は山下浩本文の生態学漱石・鴎外・芥川』(1993年6月刊行,日本エディタースクール出版部ISBN:4888882061)にいたく感銘を受けたという(p. 79).ぼくも『生物系統学』を準備していた頃,たまたまこの本が新刊で出ていることを知って,こういう「書籍系譜学」の本が日本にもあったのだと再認識させられた.その後,しだいに Lachmann 法や Paul Maas の教科書あるいは矢野環さんの写本系図研究を知ることになった.日本の場合,池田亀鑑を最後として国文学における写本系図の体系的研究は途絶えているらしい.残念なことだ.

 

笠井寛司”のアノ本を買った話が何度も出てくる.ワタクシも最初に新刊で出たときに“統計学的形態論”という副題に惹かれて買おうと思ったのだが,一瞬の逡巡を突かれて「X指定」を受けてしまった.単に external genitalia の morphometrics の本だと考えれば,逡巡することはなかったのかもしれない…….くそー.

 

特定の相手を褒め上げるにも,貶しまくるにも,その理由がぼくにはほとんどわからないので,ああ五月蝿い,やかましいって感じ.“アク”を丹念にすくい取ったあとの,珍しい本の情報やエピソードの上澄みだけそっとすくって味わう.“アク”も味のうちという立場からすれば,この書評本を真に味わったことにはならないのかもしれないが,原液のままでは毒気が強すぎてカラダによくない.