『Out of Thin Air : Dinosaurs, Birds, and Earth's Ancient Atmosphere』

Peter D. Ward

(2006年10月30日刊行,The National Academies Press, ISBN:0309100615[hbk])



【書評】

※Copyright 2006 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved


本書『Out of Thin Air』は,過去数十億年に及ぶ地球上の「酸素濃度」の変遷が,生物進化の大きなイベント(カンブリア爆発とか恐竜絶滅)の主要因だったという説を提唱する.単に新説を提唱するだけならば言いっぱなしになってしまう.しかし,本書では,過去に提唱されたさまざまな学説を比較検討しながら,自説の妥当性を検証しようとするスタンスをとる.酸素濃度と生物進化との関係を単なる“相関関係”だけではなく,より積極的に“因果関係”として究明しようというのが本書の目指すところだ.

全体として,生物進化史の総体を地質学的時間スケールでの酸素濃度変遷と関連づけるというたいへん野心的な本だ.しかし,その内容が散漫に流れずメリハリが利いている理由は,著者が自説を検証可能な「仮説群」(本文中では各章ごとに太字で示されている)として読者に提示している点にある.したがって,読者は読み進むごとに,論点がどこにあるのかをひとつひとつ確かめるという知的満足が得られるだろう.

本書が取り組もうとする進化シナリオはごく単純だ(p. 47):1) 地球上の酸素濃度が低下すると,生物の基本デザイン(disparity)が増加する[仮説2.1];2) 地球上の酸素濃度が増大すると,生物は多様化する[仮説2.2].最初に示された,各地質時代ごとの酸素濃度の変遷史をべーすにして,章を追って,その地質時代に生じた生物進化上の大きな出来事が酸素濃度の変化とむすびつく根拠が示される.

本書は,酸素呼吸という観点から地球の古環境と生物進化との因果関係を追求したたいへんおもしろい科学書だ.グールドやドーキンスの数々の著作を視野に置きつつ,新しい地球観と進化観を提示している点で,読者へのアピール度はきっと高いだろう.論理的に緻密な本なので読者にも知的な体力が求められるが,それだけに読後の満足度は高いと私は思う.

扱っているテーマが本書と関係する類書としては,ニック・レーン『生と死の自然史:進化を統べる酸素』(2006年3月20日刊行,東海大学出版会,ISBN:4486016572)がある.

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三中信宏(11 December 2006)