『街角のオジギビト』

とり・みき

(2007年1月25日刊行,筑摩書房,東京,172 pp., ISBN:9784480816542版元ページ

【書評】

※Copyright 2007 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved




読了.“オジギビト”とは工事現場で日がな一日「おじぎ」し続けている“アノ人”のことです.本書はその“オジギビト”を20年にわたって蒐集し続けた「路上観察学会会員」の著者がそのコレクションを開陳した本.“トマソン”の筑摩書房から出たというのもうなずける.カラー図版が効果的.こういう系が好きな人にはこたえられない本でしょう.



本書を通読して,いろいろな“オジギビト”がいらっしゃることを知った.“オジギビト”の「百態」はもちろん楽しいのだが,それ以上に「オジギビト進化論」に付けられている2葉の〈オジギビト系統樹〉に注目したい.



文化系統学のひとつのケースとして見たとき,“オジギビト”はとてもいい素材かもしれない.著者自身,“オジギビト”の「進化」には,共通祖先(プロトタイプ)を出発点とする系譜における「コピーノイズ」(pp. 25, 32, 61)が重要な要因だったと示唆しているからだ.



著者が調べたところによると,“オジギビト”の実在仮想ではない)共通祖先は,1960年前後に大成建設のある社員が考案した“安全坊や”だという(pp. 122-124).“オジギビト”のクレード全体を特徴づける“オジギ”という共有派生形質はここに発生した.著者は,推測上の分岐図(p. 35)あるいは系統ネットワーク(p. 62)を描いているが,本書に記載されている“オジギビト”の形態的形質や行動的形質をうまくコード化すれば,もっとリーズナブルな系統推定ができるのではないかと思う.



いずれにせよ,「descent with modification」という進化過程は,生物全般と同様に,“オジギビト”クレードにも適用される:



新規のデザインを決定する際に「基本はあまり変えずに,でもせっかく作り直すのだから,ちょっとは新しい試みも入れてみたい」ということがあるかもしれない.後継者は先代の技を踏襲しつつ自分なりのオリジナリティを入れてみたくなるものだ.オジギビト業界にも流行やトレンドがあるだろうし,納品先の意向というのも考えられる.

 そういう意図的な変化とは別に「コピーノイズの増加」という要素も多分にあるような気がする.つまり伝言ゲームによるミスの増幅の過程を我々は見ているのではないか,ということだ.前のデザインのトレースを重ねるたび彼らは「進化」していったのだ.(pp. 32-34)



楽しいなあ,こういう話って.もともと,こういう“トマソン的な物件”はいずれも,「これまで視界に入ってはいたが実はすっかり見落とされていた」(p. 9)ものを見いだす悦楽を共有できる人たちによって“発見”されてきた.



オジギビト”がさまざまに進化したり,あるいは“歩行者信号人”がエイリアンのように変容したりする.しかも,そういう“非生物”たちが,大多数の一般人に気づかれないところでヒソカに「進化」してきたということそれ自体でも十分におもしろい.しかし,文化系統学という観点から見れば,本書で開陳されている「物件」の数々はまた別の意味合いをもつことになるだろう.そして,“オジギビト”たちは,将来,「アイソタイプ」のように収斂進化していくのか(欧米の“オジギビト”姉妹群にはその傾向が強いようだ),話題と興味はまだまだ尽きない.


※参考:〈オジギビト集会所



三中信宏(14 February 2007|21 November 2012 改訂)