『モンゴル帝国が生んだ世界図』

宮紀子

(2007年6月20日刊行, 日本経済新聞出版社[〈地図は語る〉叢書], ISBN:9784532165857目次



この本,アタリです.13〜15世紀にモンゴル帝国で作られた「世界地図」 —〈混一疆理歴代国都之図〉— を中心にして,それがどのような伝承過程で韓国や日本に伝えられたのかを,いわば「地図の系譜推定」を軸に論じているという視点のおもしろさをまず挙げたい.しかし,それだけではない.著者の一種独特なこだわりと現場突撃的スピリット,そして文体の“崩れ方”が魅力で,一見すれば地味に書けたかもしれない本書を読ませるものにしている.

本文の漢字の「開き方」が奇妙だったり,訳文が突如として軽薄口語体になったり,本当だったら脇役のはずのコラムが主役を喰うほど輝いていたり,ありがたいことに徹底的にフリガナがふられていたり,人造パスパ文字の印が不思議なことに鎌倉の寺院に保管されている16世紀の古文書に押されていたり,p. 60 の図のキャプションの最後が欠けていたり,日本の地図がフシギにも逆立ちしていたり,ヨーロッパによる喜望峰の発見よりも80年も先だってアフリカ大陸の形がちゃんと記されていたり —— というような,〈混一疆理歴代国都之図〉にまつわるもろもろのことがら(長短取り混ぜて)すべてを含めて,本書は大アタリだ.

日本に伝来した古地図を手がかりに,朝鮮半島を経て,チンギス・カン家の元朝中国へ,さらには大モンゴルの版図の西の端の西方イスラム圏にいたるまで,本書で扱われている時代的・地理的・政治的スケールの大きさと推理小説も顔負けの著者によるアブダクションの連続を地球の裏側のニューオーリンズのホテルで少しずつ読み勧めるのは快楽だった.江南の寧波の在住したかつての cartographers たちにこういう形で光が当てられるとは驚きだ.そして,国々の境を越え,波頭を越えたのちに,対馬半島の寺で何世紀にもわたって眠ってきた『事林広記』の存在が明らかになる顛末はわくわくする.

20ページに及ぶ口絵のカラー図版だけでなく,本文中にも計150枚を越えるカラー写真が載っている.これでこの値段とはいまどき信じられない.著者には新たな本をぜひ書いてほしい.

—— アメリカから帰国して,溜まっていた朝日新聞を読んでいたら,たまたま2007年7月2日付の朝刊に,「お宝発見:混一疆理歴代国都之図」というコラム記事があった.本書の主役である地図の紹介記事だ.写真を見るとあらためてこの地図の巨大さがわかる.龍谷大学所蔵の門外不出の「宝」だそうだ.