『Phylogenetic Analysis of Morphological Data』

John J. Wiens (ed.)

(2000年刊行, Smithsonian Institution Press, Washington, ISBN:156098841X [hbk] / ISBN:1560988169 [pbk])



【書評】

※Copyright 2002 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved


この論文集は,Society of Systematic Biology の1996年度シンポジウム講演をベースにして出版されました.多くの生物群で分子系統学(molecular phylogenetics)が擡頭してきた現状を踏まえて,いまいちど形態系統学(morphological phylogenetics)の意義について再考しようというスタンスで編まれています.もちろん,「分子に対抗して」という排他主義ではなく,むしろ形態データのもつ系統学的情報を十分に生かすための方策を考えようという姿勢が感じられ,その意味で生産的です.

以下,各章についてのコメントを付記していきます.

1. Molecular versus morphology in systematics: Conflicts, artifacts, and misconceptions. (D. M. Hillis and J. J. Wiens) 1

「分子 vs 形態」という対立図式はすでに時代遅れである.むしろ,両者は相補的な情報源として協力しあう必要がある.一見「対立」するように見える分子系統樹と形態系統樹の矛盾は見かけだけであることがほとんどだ.

分子データには形質の多さ・進化速度のバラエティ・遺伝的背景が明確・形質の境界が明確などの利点がある.一方の形態データにも,累積サンプル数の多さ・化石資料情報の利用・アルファ分類学の基盤を与えるなどの利点がある.両者にもとづく結論が矛盾する原因には,信頼性の低さやルートの位置のちがい,さらには gene tree / species tree の不一致を調べれば解決できることが多い.

「分子 vs 形態」という対立の背後には無理解と偏見が横たわっている.ホモプラジーの程度について両者に有意なちがいはない.ホモロジーに関する判定だった同等である.形態系統樹が論理循環であるという指摘は,分子系統学者の無知の産物である.さらに,形態系統学が解決できない問題に分子系統学が解答を与えるという主張も一面的である.

長期的に見たとき,大規模データ(多タクサ×多形質)が信頼できる結論を生みだす.したがって,分子データと形態データの統合こそともに目指すべき目標である.そのためにはすでに医学統計学で用いられているような「メタ・アナリシス」が有効だろう.対立や偏見ではなく,協調と協力を!

2. Character selection and the methodology of morphological phylogenetics. (S. Poe and J. J. Wiens) 20

形態データでは,形質の選択・コード化・重みづけに関して【明示されないもの】がある.それらを明示化していくのは形態系統学の努めである.本論文では,既存の形態系統学の論文をレビューして,形態学者の「形質の扱い方」をじっさいに集計し,その特徴やバイアスを抽出しようとする.1980年代後半以降15年間にわたる分類学雑誌を調べた結果,形態形質の選択基準は「人それぞれ」(p.25)であることがわかった.

形態形質に関する扱いの「明示化」が必要とされる理由は,主観性をなくすと同時に,形質に関するテスト可能性を高めることにある.上記の調査結果によると,形態学者が特定の形態形質を除外する基準は,おおまかに次の五つにまとめられる:1)形質の変動;2)形質欠如;3)連続型・質的データ;4)polarity未知;5)ホモプラジー度.著者は,これらの理由はいずれも「根拠がない」と棄却する.

要するに,形態学者は「隠すな」ということだ.明示化のための不断の努力こそ,分析段階の客観的検討に必要である.

3. Discovery of phylogenetic characters in morphometric data. (M. L. Zelditch, D. L. Swiderski, and W. L. Fink) 37

幾何学的形態測定学によって得られた形態の定量的情報をどのようにして系統解析に結びつけていくのかを論じる.形態のもつ形状情報は Kendall 形状空間の上での非線形幾何学として理論化された.著者は形態測定学によってえられた情報が系統推定に用いられるのかという点をめぐる最近の論争を概観し,反対論の多くは定量的・連続的データのすべてに適用される論点であり,形態測定学に限ったことではないと反論する.

本論文では,Bookstein 形状座標と薄板スプライン法をとり上げ,それぞれの手法の系統学的利用を解説する.定量化することによって,個体発生の成長パターンの検出(セントロイドサイズへの回帰など)や局所変形の解析(partial warpsへの直交分解)が可能になる.ただし,形態測定学の結果はそのままでは系統解析のための形質を与えはしないという認識が重要である(p.80).形質化のための考察は形態学者に委ねられている.

私の感想では,著者たちは,形態測定学的形質のコード化の手順を明示化すべきだったと思う.これこそがユーザーにとって必要なのだから.

4. The usufulness of ontogeny in interpreting morphological characters, (P. M. Mabee) 84

個体発生形質のもつ系統学的情報について再検討する.分岐分析(最節約法)においては従来から,個体発生は(外群比較とは異なり)形質変換系列の方向づけのための直接的方法であると主張されてきた.著者は,これは間違いであると言う.すなわち,個体発生の順序それ自体は,形質変換系列の順序化(ordering)も方向づけ(polarizing)にも寄与できないという立場である.

では,個体発生はどのような点で系統推定にとって必要なのだろうか.著者は,個体発生の段階を適切に「形質」としてコード化することにより,はじめて系統推定への寄与が可能になると言う.本論文の後半(pp.95ff.)では,個体発生形質のコード化のためのさまざまな方法が比較検討されている.とくに,最節約法におけるステップ行列をもちいたコード化が注目できる.

個体発生データの扱いをめぐって生じる概念的問題の一つは,「何を‘形質’とみなすか」という根本問題である.個体発生における形質の区切り(delimitation)について考察し始めると,生物全体がひとつの「形質」とみなされる立場さえあるからである.また,本章では詳述されていないが,個体発生は相同性そのものへの再考をも促している.

5. Coding morphological variation within species and higher taxa for phylogenetic analysis. (J. J. Wiens) 115

種内レベルの変異形質(多型形質)と種間レベルの変異形質の取扱を論じる.これらの変異形質に関する既存の処理方法(削除する・欠如扱い・多数決など)はどれもまちがっている.種内レベルの多型形質ならば,形質状態の頻度をデータとする取扱がもっとも妥当だろう.その場合,最尤法の適用が射程に入ってくる.(私の意見では,種ではなく,個体を末端ノードとすれば「多型形質問題」は即座に解決すると思うが.)

種間レベルでは,高次分類群ではなく,構成「種」を単位とする解析が望ましいと著者は言う.(それくらいだったら,種内・種間の別なく,すべて「個体」をユニットとして解析するのが,もっともシンプルではないか?)

6. Hybridization and phylogenetics: Special insights from morphology. (L. A. McDade) 146

交雑を含む状況での系統解析では,形態データが重要だよ,という論文.

7. Using stratigraphic information in phylogenetics. (J. P. Huelsenbeck and B. Rannala) 165

系統解析をとことん「明示的」に行なうべきでというスタンスのもとで,最尤法にもとづく化石・層序データの解析法を解説する.本論文集の中ではもっとも「統計学的」な論文.化石資料の系統学的情報の相対的地位は変遷してきたが,情報源として化石が重要であることは論を俟たない.もちろん,化石は「形質」情報源としても利用できるのだが,本論文で著者は化石のもうひとつの利用――すなわち「層序」情報源としての利用の明示化を目指す.

従来,層序データの定量的解析法としては,スピアマン順位相関などの統計学的尺度が用いられてきた.しかし,それらの尺度の抱える欠点を考えるならば,むしろ最尤法の枠組みのもとで層序データを込みにした系統推定をした方が望ましいだろうと著者は言う.すなわち,化石の出現をポアソン過程としてモデル化し,樹形・樹長・ポアソン母数(出現率)をパラメーターとする最尤法が与えられる.

パラメトリック・ブーツストラップを用いた尤度比検定を行なうことで,層序データのモデルは検定できると言う.この方法は,タフォノミーの手法の明示化にも利用できるだろうと著者は目論んでいる.

8. Logical problems associated with including and excluding characters during tree reconstructions and their implications for the study of morphological character evolution. (K. de Queiroz) 192

比較法の基本問題を論じた論文である:「系統樹上の形質進化テストの対象となる形質を系統推定のデータとして組みこんでもいいのだろうか?」 除外派は,組み組むことで「論理循環」が起こると懸念する.他方の組込み派は利用できる形質をすべて用いることこそが重要だと反論する.著者は,除外派は「unlikely to be incorrect」な推論(保守的)を目指すのに対し,組込み派は「likely to be correct」な推論(大胆)を目指すという.

しかし,この基本的なスタンスのちがいを別にすれば,除外/組込み論争に決着を着ける一般的解決策はないと著者は宣言する.というのは,除外/組込みによって結論にバイアスがかかる場合もあれば,かからない場合もあるからである.言い換えれば,除外/組込みのいずれも結果に何らかの影響が出るのだが,それが問題になるかならないかは状況しだいであるという認識だ.この結論は,「分子 vs 形態」の論議にも通用する.形態を除外して分子だけで系統推定するという手順は,何らかのバイアスをもたらすことは確かだ.

では,どうすればいいのか? 著者は,事前に影響の程度が評価できない以上,「除外/組込みをどちらもやってみるしかない」(pp.204-205)と言う.



全体を通して,形態データの解析でいま問題となる論点の多くが本論文集で取り上げられていると思われる.形質のコード化や相同性の問題,そして統計学的モデル化についてはさらに突っ込んだ考察が必要である.形態学者はもとより,分子をあつかう研究者にも得るものが大きいだろう.

三中信宏(1 January 2002)