『アブダクション:仮説と発見の論理』

米盛裕二

(2007年9月20日刊行,勁草書房ISBN:9784326153930



同じ著者によるパース本:米盛裕二『パースの記号学』(1981年5月刊行,勁草書房ISBN:4326151242)をぼくが手にしたのは修士に在籍していた頃だった.その後も著者は定年までパース研究を続け,本書を出したとのことだ.ちょうどいま“アブダクション”にぼくの関心が向いているので適時適書だ.ばらばらとブラウズしたところ,パース自身は“アブダクション”と並行して“リトロダクション”という言葉も用いていたらしい.ただし,“リトロダクション”の訳語「遡行推論」が示すように,結果から原因への推論は,“アブダクション”に比べれば狭義かもしれない.※一ノ瀬正樹本(『原因と結果の迷宮』2001年9月20日刊行,勁草書房ISBN:4326153571)が脳裏に浮かぶ.

ざっと半分ほど(第5章まで)読み終えた感想 —— 本書の前書きで,著者は近年の「人工知能研究」における“アブダクション”への関心を不思議そうに振り返っている.個人的な希望を言えば,一般的な「推論規則」としての“アブダクション”について論じてほしかったのだが,著者の関心はむしろパース自身の“アブダクション”の意義を強調することにあるようだ.したがって,データから仮説への創造的な“跳躍”がとりわけ強調されるのは無理もない.

しかし,推論規則として系統学が用いているような“アブダクション”は,組合せ論的に決まる(つまり創造する必要がもともとない)数ある対立仮説の中から「ベストな仮説」を選び出す手続きにむしろ重きを置いている.論理学が公式に認める“演繹的推論”の範疇に属さない“非演繹的推論”の内容が注目されているということだ.人工知能研究でもまた同様の関心のもとに“アブダクション”と向き合っていると思う.本書には,そういう近接分野での論議の広まりについての言及が乏しいのは残念だ.

この意味で,本書は『パースのアブダクション:仮説と発見の論理』と銘打つのが妥当だろう.

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