『高学歴ワーキングプア:「フリーター生産工場」としての大学院』

水月昭道

(2007年10月20日刊行, 光文社[光文社新書322], ISBN:9784334034238目次

読了.頭から「読んではいけない」とはいわないが,少なくとも「そのまま信じてはいけない」本.推論部分だけでなく,事実関係の詰めが甘いのがまず問題だろう.たとえば,「特任助教というのはまだない」(pp.119-120)とわざわざ付記してあるが,少なくとも一つの反例をぼくは知っている.また,かなりステレオタイプ的に描かれた大学の研究室像が繰り返し出てくるが,そのような“徒弟制度”的な研究室運営は自然科学系では少ないのではないか.さらにいえば,大学の教員の“出世スゴロク”もここに述べられているだけではないし,大学外の研究機関や企業研究者という本書ではほとんど論じられていないところまで含めれば,人事的な流れはもっと錯綜してくるだろう.



そういう細かいところでの事実認識にまちがいあるいはバイアスがあるので,それをベースにした本書の推論は,ときには仮想敵に対するアジテーションだったり,あるいは単なるペシミスティックな諦観だったりする.確かに,本書で著者がサンプリングした事例を読めばわかるように,これだけ大きな大学院生集団(さらにその延長線上のポスドク集団)がすでに形成されているのだから,ばらつきの幅は想像以上に大きいはずだ.その“平均値”がどのようであるのかはもちろん誰しも関心をもつことだろうが,本書でも示唆されているように(たとえば第1章で),その大学院生・ポスドク集団の中にさらにいくつかの“層”が形成されている可能性がある.とすると,それぞれのサブ集団ごとの事例サンプリングが必要になると思われるが,著者はそのうちの最下位サブ集団からの事例をことさらに強調している気がする.それらはジャーナリスティックには価値のある情報だが,この問題に対するバランスのとれた扱いという点では問題があると感じる.



もうひとつ付け加えるとしたら,国の教育政策としての問題(著者が強調する「高学歴ワーキングプア問題」)と大学の経営戦略としての問題(たとえば「非常勤講師問題」)が混ざっていてすっきりしない.どちらもそれぞれ大きな問題で,しかも重なり合っていることははっきりしているのだが,分けて論じた方がいいのではないだろうか.



—— 本書を一読してみて,「“高学歴ワーキングプア”って言うな!」と言いたくなった.これでまた“新語”が変に流通してしまうじゃない.