『神保町「書肆アクセス」半畳日記』

黒沢説子・畠中理恵子

(2002年5月20日刊行,無明舎出版ISBN:4895443035



【書評】

※Copyright 2002 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved


神田村「方丈記」を読んで――ほんの街のほんとうの姿がほんの少しわかったみたい

こういう「日記」って好きだなぁ.忙しい日々の仕事をこなし,多くの客や仕事仲間と接し,いろんなイベントに顔を出しながらも,自分の趣味や生活はしっかり確保して楽しんでしまう――本書の著者の二人は,その書きぶりやものの見方こそ違っていても,同じ書店を切り盛りする働き手の立場から,本をめぐるさまざまな事情を垣間見せてくれる.本や読書のあり方そして出版不況をめぐっては激しい論議が絶えないが,本書はそういう場から一歩だけ身を引きつつも,ことのなりゆきをじっと見つめている.肩肘張らない「方丈記」になっていると私は感じた.

確かに本書の舞台である書店「書肆アクセス」は誇張でなく「方丈」である.神保町すずらん通りに面した店舗はうっかりすると通り過ぎてしまう.「書肆アクセス店内図」がはじめて公開されているが(p.63),客の立場から言えばこんなに広々としてはいないぞ.レジ前なんかすれちがうのも不自由するほどだ.この狭い店内のいったいどこに「半畳もの」スペースを取ることができたのかはじめて理解した.そうか,ヒミツの一角が奥にあったのか.

この狭さにもかかわらず,置いてある本のユニークなことと言ったら.書肆アクセスは,フシギな神田古書店街の中でも,とりわけフシギな異空間である.沖縄のミニコミ誌,紀州南方熊楠資料,東北の方言記録,北海道アイヌの民俗資料など,日本の南から北まで目配りした,他の本屋ではぜったい出会えない本たち.地方・小出版流通センター直営ショップならではのラインナップだ.

以前ならば,私的な巡回コース――小川町方面からすずらん通り進入,東京堂書店洋書コーナーを経由して,書肆アクセスに到達,「茶房きゃんどる」で一休み――があったのだが,中継地点だった「茶房きゃんどる」はもうなくなってしまった(他にも今はもうない店がたくさんあるが).本書の端々にはこのような神保町の移り変りがさりげなく記されている.本屋だけの街ではなかったのだ.見返しに載っている「神保町路地裏MAP」は,このエリアを歩こうという読者には絶好のガイドとなるだろう.

無明舎出版のWWWサイト連載中から「半畳日記」を楽しんできたのだが,まとめて読めるのはとてもうれしい.でも,こんな本を読んだら,また神保町に行きたくなってしまうじゃない.今度は「スヰートポーヅ」でお昼をすませようかな.「さぼうる」にもしばらく行ってないなぁ.ああ,なんて罪な本.「書肆アクセス」の方丈が豊穣をもたらし,半畳日記が繁盛日記となることを祈りつつ.

三中信宏bk1ブックナビゲーター(2 June 2002)