David Sharp and Frederick A. G. Muir
(1912年発行,Transactions of the Entomological Society of London, Part III (December) 1912, pp. 477-642, pl. XLII-LXXVIII)
先日,卒論発表会に出向いたおりに,東京農大・昆研の所蔵書庫を一回りした.もともと蟲関係の珍しい図書がたくさんある研究室なのだが,その日手にした接近遭遇本がこれ.昆研に所蔵されているのは,36葉の図版も含めれば200ページを優に越える長大な元論文に加えて,同じ著者らによる関連論考が数編バンドルされた復刻本(1969)だ.
ざっとブラウズすると,総論に続いて,鞘翅目昆虫の各分類群ごとに male genitalia に関する詳細な記載がある.そして,論文の末尾近くに「V. Taxonomy and Phylogeny」(pp. 613-639)という節があった.そこで,著者らは「知見があまりにも乏しすぎて憶測を重ねるのは気が引けるのだが」と何度も弁明しつつも,雄交尾器に基づく甲虫類の系統関係を推論し,その結果を“afffinities”と銘打ったダイアグラムとしていくつも描いている.当時,この文脈で用いられる“afffinities”とは系統関係に他ならないので,このダイアグラムは系統樹と見なすべきだろう.
さらに深みへ —— イギリスの甲虫学者 David Sharp(1840-1922)は,時代的・地理的にまさに Charles Darwin と重なる.Wikipedia の項目「David Sharp (entomologist)」を読むと,Sharp は当時のイギリスを代表する昆虫学者だったことがわかる.イングランドとスコットランドにまたがる甲虫相を明らかにするという研究キャリアの最後を飾る論考として,上記の雄ゲニタリアの比較解剖学をまとめ上げたということだろう.リタイア後の72歳のときの著作だった.
Sharp が没した翌年に,ニュージーランド王立協会が彼の訃報を掲載した:G. V. Hudson (1923), David Sharp, 1840-1922. Transactions and Proceedings of the Royal Society of New Zealand, 54: xiv-xv. これを読むと,Sharp は Herbert Spencer と親交があったと書かれている.同時代に姿を現わしつつあった進化論に対しても,Sharp はつねに一歩引いたスタンスを取り続けたそうだ.彼の描いた“系統樹”はいかにも19世紀的なフレーバーが漂っている.
—— David Sharp については,ひょっとしたら Robin Craw の分岐学史論文(1992)に言及があるかもしれない:Robin Craw (1992), Margins of cladistics: Identity, difference and place in the emergence of phylogenetic systematics, 1864-1975. Pp. 65-107 in: Paul Griffiths (ed.), Trees of Life: Essays in Philosophy of Biology. Kluwer Academic Publishers[Australasian Studies in History and Philosophy of Science, Volume 11], Dordrecht. 昆虫学の立場から分岐学の歴史をたどった論文だが,いま見直したかぎりでは,David Sharp の名前は登場しないようだ.