『Transantarctic Relationships and Their Significance, as Evidenced by Chironomid Midges : with a Monograph of the Subfamilies Podonominae and Aphroteniinae and the Austral Heptagyiae』

Lars Brundin

(1966年刊行,Kungliga Svenska Vetenskapsakademiens Handlingar, Fjärde Serien, Band 11, Nr. 1, Almqvist & Wiksell,Stockholm,472 pp. + 30 plates)

ドイツから届いた古書.この本が入手できたのはとてもうれしい.ユスリカの研究者だった Brundin は,パタゴニアニュージーランドなど南極大陸周辺地域(Transantarctic Region)での現地調査を通じて,Willi Hennig の系統生物地理学の方法論に沿ってこの地域のユスリカ相の類縁関係を解明した.分岐学の生物地理学への大規模な研究としては最初期のものといえる.

本書は29×25cmの大判で500ページもある厚い論文で.中ほどの350ページあまりは,ユスリカ類の詳細なモノグラフに当てられている.前半の序論では Hennig の系統体系学と生物地理学に関する方法論の概略が述べられている.また,後半の総括の部分は南極大陸周辺地域の「地域分岐図」が結論として提示されている.それについては,数年後にも発表されている(L. Brundin 1972. Phylogenetics and biogeography. Systematic Zoology, 21: 69-79.).

本論文は分岐学の歴史の中ではとても影響力があって,たとえば先日送られてきた:Gareth Nelson (2007), Colin Patterson. Pp. 30-34 in: New Dictionary of Scientific Biography, volume 6. Charles Scribner's Sons を読むと,魚類学者の故 Colin Patterson は Brundin のこの本を読んでその場で“改宗”したという.今日でいう系統地理学(phylogeography)のルーツはこういうところにあったりする.

本書の存在はもちろん知っていたのだが,実物を手にする機会はまったくなかった.今から四半世紀前,まだ大学院生だったころに,たまたま山本優さんの蔵書を越中の殿が借り受け,それをコピー製本したものを入手できた.簡易製本されたものすごい量の“紙の束”が送られてきたが,読んでいるうちに崩壊し始めたので,出入りの製本業者に依頼してあらためてハードカバー製本してもらったことがある(今でも本棚に鎮座している).

論文のテキスト内容だけであればコピーで十分なのだが,付録として付けられた図版の可読性がイマイチだった.もともとはカラー図版なのだが,当時はカラーコピーをするのはたいへんだったので,モノクロ複写にされた.それでも,手にできただけでも幸運だった.当時,越中の殿から聞いた話では,この本はたいへん高価(3万円とか4万円とか)だったそうだ.発行部数自体がきっと少なかったのだろう.

先月のことだが,たまたまオンライン古書店で原書がたいへん安く入手できることがわかり,こういうときに逡巡は禁物(本との出会いは一期一会)なので,即発注した.現物の図版を見てみるとやはり美麗なカラー図版だった.今から半世紀前(1950年代後半)のパタゴニアニュージーランドでの渓流調査のようすとか万年雪に覆われた極地の山々の写真が何葉も続く.

—— ついでに Webcat で調べてみたら,現在,日本の公的機関でこの本を所蔵しているのは,北大農学部と科博そして極地研の3ヶ所だけだった.あるべきところにはちゃんとあるのだ.