『きのこ文学大全』

飯沢耕太郎

(2008年12月15日刊行,平凡社平凡社新書447],ISBN:9784582854473版元ページ

【書評】※Copyright 2008 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

生物界の分類体系の中で,菌類(カビとキノコのなかま)の占めるべき位置については長らく論争が続いた.しかし,菌類マンガの『もやしもん』のキャラクターがいま社会現象化しているように,菌類への関心は生物学を越えてもっと広がっている.本書は,“きのこ”に関わる古今東西の文学・音楽・歌などを幅広く拾い集め,五十音順にリストした本.しかし,辞書的配列とはいえ,ひとつひとつの項目の突っ込み方はただものではない.新書ながらこれほどの情報量が詰め込まれていると,新書ながら蘊蓄を傾けまくった本で,読めば必ず満腹できる.

たとえば,松本零士の名作『男おいどん』に出てくる「サルマタケ」に対して,著者は Coprinus sarmata という学名を提示している(pp. 111-113:個人的には準主役である「トリさん」の学名も知りたいところ).また,現代作曲家ジョン・ケージの“キノコ狂い”が筋金入りだったことが詳細に述べられていたり(pp. 95-101),泉鏡花の作品に登場するキノコの隠微さが強調されたり(pp. 29-40),さらにルイス・キャロル不思議の国のアリス』のキノコがもたらす幻覚の描写の正確さ(pp. 25-27)にも触れられている.

「文学」とは銘打たれていても射程はもっと広く,自然科学でのキノコ研究にも目配りされている.ダーウィンがビーグル号航海で発見した,ミナミブナ(Nothofagus)に寄生するキノコ(Cyttaria)を現地のフェゴ人が生で喰う話も載っている(pp. 199-200).当然,南方熊楠も登場するし,「ピーター・ラビット」の作者ビアトリクス・ポターがアマチュア菌類学者だった頃のエピソードも(pp. 226-228).

作曲家でいえば,ムソルグスキーチャイコフスキーが登場する.本書の何ヶ所かでロシアではキノコ狩りが文化的風習として広まっていると書かれていた.そういえば,世紀の難問「ポアンカレ予想」を解決したロシアの数学者グレゴリー・ペレリマンは,全世界からの賞賛を避けるように故郷ロシアに隠棲していた間は「キノコ狩り」をしていたと聞いたことがある.ロシアとキノコとは何かしらもっと精神的に深いつながりがあるのだろうか.

著者は「キノコ切手」の本も著しているほどのキノコマニアだ.半年前に三重大学で開催された菌学会大会の会場で,ただならぬキノコ本をたくさん目にしたが,その中には世界のキノコ切手カタログ:『Setas: Catálogo de Sellos Temáticos, 2a edición』(2000年刊行,Domfil, Sabadell, Barcelona[Domfil Catálogos Temáticos Internacionales],ISBN:8492277696版元ページ)もあった.

—— なお,カバーのオビに使われているキノコの図版は,Ernst Haeckel 著『Kunstformen der Natur』(1904年 → オンライン版)の「Tafel 63」から取られている.

三中信宏(31 December 2008)