『カラー版 系統樹曼荼羅』

三中信宏・杉山久仁彦

(2011年刊行予定,NTT出版,東京,ca. 300 pp. → 目次案

いま現在進行形でNTT出版の企画会議にかけられている本だが,趣意文をアップしておこう:

系統樹曼荼羅』の目指すもの


多様なオブジェクトを分類・整理することは人間にとって根源的な重要性をもつ認知行為である.たとえば,地球上の生物を分類する生物分類学アリストテレス以来もっとも古い生物学の基盤的分野であり続けたことは偶然ではない.「生物」というオブジェクトをヒトの観点から体系化することは,客体としてのオブジェクトの本質と属性を追究するというサイエンスの出発点だった.



この基本的方向性はけっして生物学だけに限定されてはいない.歴史言語学や古典文献学においても,「言語」や「写本」の変異と変遷を究明する研究が生物学とは独立に進展してきた.「生物」・「言語」・「写本」という一見なんの関係も持たないオブジェクトの多様性と変化は別々の学問分野において研究されてきた.しかし,あらためて通分野的に鳥瞰することにより,われわれは「変異・変化するオブジェクト」を解明するための方法論が収斂的に共通の要素をもっていることに気づかされる.



もっとも重要な共通要素は,いずれの分野も分類体系化のために「図像」を頻繁に用いてきたという歴史的事実である.つまり,分野を超えてわれわれはオブジェクトの多様性を直感的に理解し,他者とコミュニケートする目的で,系統樹・地図・ダイヤグラムのようなさまざまな図像表現をしてきたということである.ここでいう図像は単なる「絵」ではなく,むしろオブジェクトについて理解するための「図形言語」であると認識しなければならない.



文理の壁を越えて「図像」がオブジェクト世界の理解のための指針となるとき,われわれはその図形言語を読み解くためのリテラシーが必要になる.ちょうどピーテル・ブリューゲルの寓意画を読み解くために当時の人生観や世界観に関する予備知識が必要なように,過去一千年以上にさかのぼる分類体系化のための図像群の解読にもまたそれなりのリテラシーが読み手に求められている.



遺伝子情報にもとづく分子系統樹の知見が新聞の第一面を飾ることがまれではない昨今,「系統樹」を中核とする分類体系化のための図形言語は一般読者にとって無縁のものではない.また,過去数世紀にわたる古写本や彩色図譜の図版プレートは,芸術的・デザイン的の観点から見るならばその斬新な視点はイマジネーションの源泉となるだろう.



このような背景のもとに,今回の『系統樹曼荼羅』では古今東西系統樹を中心とする「分類体系化」に関わる図像を蒐集し,カラー印刷での復刻と解説記事によって,サイエンスとアートのはざまに開花した「図形言語」としての系統樹(その他の図像)を今一度見直そうという意図がをもって,生物を含むさまざまなオブジェクトの図像的理解の歴史を振り返り,その現代的意味を問うというテーマでの編集を考えている.



[文責:三中信宏(28 July 2010)]