『選択の科学:コロンビア大学ビジネススクール特別講義』

シーナ・アイエンガー[櫻井祐子訳]

(2010年11月15日刊行,文藝春秋,東京,380 pp.,ISBN:9784163733500目次版元ページ

【書評】※Copyright 2010 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved


人生のいたるところで個人に求められる意思決定すなわち「選択」を論じている.著者は,盲目というハンディキャップを背負いつつ,文化的出自であるインドのシーク教の文化的枠組みのもとで人生の選択をどのように決めてきたかを振り返る.その上でグローバルな社会・文化・宗教の文脈と制約のもとでなされている選択の一般論を展開する.その比較文化論の裾野の広がりは,ジャレド・ダイアモンドの名著『銃・病原菌・鉄』を髣髴とさせる.近視眼的な価値判断をあえてせず,人がそれぞれ置かれた状況の中で「最善の選択」をするためにはどういう手だてを取るべきかに着目する著者のスタンスは,多文化主義と多言語主義を許容する観点を読者に強く印象づける.


ビジネススクールでの講義だからもっと実利的な内容の本ではないかと思われるかもしれない.確かに,より良き「選択」のための指南書として本書を手に取るならば,実生活(職場や家庭)でおおいに役立つだろう.たとえば,「個人主義集団主義という選択スタイルの功罪は何か」,「個人の選択を左右する主体は何か」,「選択の責任は誰が負うのか」,「選択肢はどれくらいあればいいのか」のように,人生に直結するさまざまな「選択」の背景がいくつもの興味深い論点を含んでいる.


しかし,その一方で,『選択の科学』という書名が示すように(原書は『選択の技法(Art)』である),本書の中核には「選択」のロジックを人間の心理学・行動学・進化学に関連づけて探究する研究成果がある.著者自身も関わってきた多くの心理実験や行動実験は,「選択」もまたヒトたる生き物が内在的にもっている潜在特性がさまざまな状況制約のもとで発現していることを示唆している.国家・民族・地域によって個々人の「選択」への制約はさまざまであろう.そのような制約条件のもとでの最適解として「最善の選択」を希求し続けることに著者は人類の将来への展望を託しているように感じられた.

三中信宏:2010年12月3日)

追記]本書評の改訂版は時事通信社文化部から2010年12月6日配信された.