『甦える中世ヨーロッパ』

阿部謹也

(1987年7月30日刊行,日本エディタースクール出版部,東京,vi+331 pp.,ISBN:4-88888-124-3目次

【書評】※Copyright 2011 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

中世ヨーロッパの現実世界と心象世界

だいぶ前に,本郷の〈ヴァリエテ本六〉で見つけてからときどき開いていたが,やっと読了した.NHK市民大学での講演をベースにした本で,語り口が心地よい.十五世紀を中心とするヨーロッパ中世を生きた人々の現実世界と精神世界に迫ろうとする.現実に生きた人々の具体的記録を踏まえた議論であるところが好ましい.中世の社会構造や文化的背景,産業の生産体制や職業分化,さらには社会階層による差別,精神的基盤としての在来宗教を上書きするキリスト教とそのはざまに根付く中世人の世界観と死生観などいくつものテーマが論じられている.



本書では,当時のヨーロッパを渡り歩いた騎士や学生らの姿が描かれている.著者は,中世ヨーロッパを放浪したトマス・プラッターに関する単行本:阿部謹也放浪学生トマス・プラッターの手記:スイスのルネサンス』(1985年7月5日刊行,平凡社,東京,224 pp., ISBN:4-582-47409-8)を本書に先立って出していることを思い出した.この本もまた買ったまま四半世紀の間ずっと積ん読になっていたが,ようやくひもとくことになりそうだ.



第11章「中世の音の世界」では,西洋中世における鐘(カリヨン)をめぐる詳細な論議がある.この章は,日本における「鐘」の社会文化史を論じた:笹本正治中世の音・近世の音:鐘の音の結ぶ世界』(2008年4月10日刊行,講談社[学術文庫1868],343 pp.,本体価格1,100円,ISBN:978-4-06-159868-3書評目次版元ページ)と響き合っている.また,最後の第12章「絵画に見る中世社会」では,ブリューゲルやボスの絵画に見られる中世の姿を論じている.以前に読んだ:森洋子ブリューゲルの「子どもの遊戯」:遊びの図像学』(1989年2月刊行,未来社ISBN:4-624-71052-5)や神原正明『ヒエロニムス・ボスの『快楽の園』を読む』(2000年12月25日刊行,河出書房新社,東京,32 plates+192+vii pp., ISBN:4-309-26446-8書評・目次)を思い出した.歴史のかなたの中世を現代から透視するのはチャレンジングで興味が湧く.



本書は,クロス装の立派なハードカバーで(ぜいたくな造本),カラー図版がふんだんに載っていて最後まで楽しめた.



三中信宏(2011年4月30日改訂)