『イメージの網:起源からシエナの聖ベルナルディーノまでの俗語による説教』

リナ・ボルツォーニ[石井朗・伊藤博明・大歳剛史訳]

(2010年12月25日刊行,ありな書房,東京,8 color plates + 342 pp., 本体価格6,400円,ISBN:9784756610164詳細目次情報版元ドットコム

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図表・階梯・系統樹:中世イタリアにその起源を探る

一度は通読したのだが,付箋を貼りつつ主要な論点を確認,ついでに詳細目次も入力した.一言で言えば,15〜16世紀において中世的知識がどのように「視覚化」されたかを,媒介としての説話者の果たした役割を鑑みつつ考察したということになるだろう.個人的な関心は,その視覚化に用いられたさまざまな「図的言語」の起源と歴史にある.本書の序文を読むと,この論点が中心に据えられていることがわかる:


私たちがここでとりくんだ概念図[schemi / スケーマ](図表[tavola],系統図[diagramma],系統樹[albero],階段型[scala]などの視覚的図式)を,出版物がどのように用い,視覚化し,変容させたのかという問題は未解決のままである.(p. 12)

文章(テクスト)と図表(イメージ)との複合体を著者は「サイクル(ciclo)」と呼ぶ(p. 14).



続く第2章「寓意と記憶のイメージ —— 『霊的対話』と「知恵の塔」のサイクル」では,いくつかの実例を通してこの議論をさらに展開する.著者の基本スタンスは,文字によって描かれた世界がそれと並行する図表によって表現された世界とどのように関わってきたかに注目する(p. 80).系統樹や階梯のおぼろげな起源は6世紀にまで遡れる深いルーツをもっている.そのひとつは教育的ツール(記憶術)としてのイメージである:


問題となるのは,テクストとイメージが対置されるのではなく,密接に結びついている混合の所産であり,それゆえ,すでに見たように,メッセージを理解するためにはその両方と,これらを結びつける関係を解読しなければならないということである.……しかし,これらの起源はより古い.ここには教育の伝統,スコラ学の伝統,聖書注釈の伝統といったさまざまな伝統が流入している.たとえば,生徒が理解し記憶するのを助けるような,論理学の推論や修辞学の分類を表現する系統図(diagrammi)や円形概念図(schemi circolari)の使用は学校では広く普及していた.(p. 83)

もうひとつは法学的ツールとしてのイメージ,すなわち家系図である:


同様の概念図[スケーマ]は血縁関係を視覚化するために用いられたが,これは法学の伝統や,人々の間の関係を管理する上で,第一級の役割を果たしていた.系統図は他の様々な幾何学的概念図と同様に,装飾的要素で飾られ,図像学的文脈の中に挿入されることが可能だった.感覚と空想に感銘を与えることのできる正真正銘のイメージは,このようにして概念図に同伴するか,その機能を永続させつつ,完全に概念図そのものにとってかわることができた.系統図(diagrammi)が系統樹(albero)へと変わる事例が最も一般的である.(p. 85)

さらにもうひとつは生命の樹(lignum vitae)である:


生命の樹」のラウレンツィアーノ写本に収録されているヴァージョンは,これが十字架と同化していることが一目瞭然である.……系統樹/十字架の土台には『ヨハネの黙示録』の「私は果実をもたらす生命の樹を見た」(vidi lignum vitae afferens fructus[第22章2節])という一行を読むことができる.このイメージは,話題となっている「生命の樹」が天国の中央に植えられたのと同じものであるという事実を目の前に突きつける.(p. 102)

メッセージを視覚化する能力に着目するとき「生命の樹」のイメージはかくも強力だった.著者は古代の「血縁樹形図(arbor consanguinitatis)」が聖書的に再解釈されて,「エッサイの樹」のようなイメージを生み出したと言う(p. 86).



さらに,第3章「系統樹とその他の概念図 —— いくつかの使用例」では,ペトラルカやルルスあるいはフィオーレのヨアキムによる「樹」の使用を考察することにより,これらのイメージのもつメッセージ力がヨーロッパ文化に深く根付いた経緯をたどる.本章の後半に詳述される13世紀のヤコポーネ・ダ・トーディによる系統樹の使い方はとても印象的だ.最後の第4章「シエナの聖ベルナルディーノ」では,15世紀の説教師ベルナルディーノの事例を検討することで,聖書のテクストとそのイメージ的な視覚化がどのように実現していたかが詳しく考察される.



本書全体を通じて,中世のさまざまな「サイクル(=テクスト+イメージ)」の実例をひとつひとつていねいに分析しながら,上述の視覚的図式がどのような用いられ方をしたかを考察している.姉妹書である:リナ・ボルツォーニ[足達薫・伊藤博明訳]『記憶の部屋:印刷時代の文学的 − 図像学的モデル』(2007年5月25日刊行,ありな書房,東京,8 color plates +478 pp., 本体価格7,500円,ISBN:9784756607966詳細目次版元ドットコム)とともに,本書は系統樹や階梯などの図形言語がどのような歴史的文脈のもとに生まれたのかを知る上で貴重な情報源である.なお,翻訳文がいささか読みづらいのが難といえば難.



三中信宏(2011年7月18日)