『The Theory That Would Not Die: How Bayes' Rule Cracked the Enigma Code, Hunted Down Russian Submarines, and Emerged Triumphant from Two Centuries of Controversy』

Sharon Bertsch McGrayne

(2011年4月刊行,Yale University Press, New Haven, xiv+320 pp., ISBN:9780300169690 [hbk] → 目次版元ページ

Part V「勝利」を読み進む.著者によれば,ベイズ統計学の実用性は宇宙開発や軍事産業でいち早く評価された.それゆえ,現代ベイズ統計学は,アカデミックな統計学界とは乖離しつつ,秘密裡に水面下で発展してきたと著者は言う.トーマス・ベイズ以来,何世紀にもわたって,ベイズ統計学が叩かれ続けてきたにもかかわらず,現代にいたるまで生き延びてきた理由は,個人的な「信念」あるいは「行動規範」に対する合理的補強をベイズ統計学が提供し続けてきたからだということ.ネイマン-ピアソン流の頻度主義統計学はその点で失敗したということか.

事後確率の計算を取り巻く「重積分の苦界」にあえいできたベイジアンたちにとって,マルコフ連鎖モンテカルロMCMC)というサンプリング法の開発は「高次元呪文」からの解放と受け止められた(p. 221).このブレークスルーは,伝統的な統計学アカデミアの「中」ではなく,統計学と物理学が接するいわば「外」の領域で生じたと著者は指摘する.Bayesian MCMCにかぎらず,ベイズ統計学の現代的発展はいつもアカデミアの「外」を舞台としていたということだ.

—— 統計学史の本は何冊も出ているが,ベイズ統計学の歴史に特化した本はこれまでなかったような気がする.本文中に数式がひとつもなく,いろいろなエピソードが拾われているので,日本語に翻訳される価値はあると思う.