『Naming Nature: The Clash between Instinct and Science』

Carol Kaesuk Yoon

(2009年刊行,W. W. Norton, New York, viii+344 pp., ISBN:9780393061970 [hbk] / ISBN:9780393338713 [pbk] → 目次著者サイト

【書評】※Copyright 2011 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved



分類をめぐる科学と本能との衝突:「human shared Umwelt」の視点から



人間社会による環境の悪化が地球規模で生態系の変貌と生物多様性の損失をもたらしつつある.生態系の状況をモニターし,必要に応じて生物の保全施策を講じることは,現代の生物学とりわけ生物分類学に期待される大きな責務である.しかし,そのためには生物の多様性が示すパターンすなわち生物分類がどのようにして生物界を把握しようとしてきたかを理解する必要がある.



しかし,本書の著者は,生物の分類体系構築をめぐっては,われわれ人間がヒトとして本来もっている認知心理的なグルーピングの先天的傾向性と科学的な分類学・系統学が支持する結論との間で根本的な衝突が生じていると指摘する.生物の形態や遺伝子をいくら科学的に分析して合理的な分類体系を生物分類学者たちが提示したとしても,それが一般社会にすんなりと受け入れられるとはかぎらないという事実を著者はいくつもの実例を通して読者に示している.



この問題に斬り込むアプローチとして本書が採用するのは,生物としてのヒトが自然界や生物界をもともとどのように理解してきたかを,分類者と分類対象とが一体となって構築する「環世界(Umwelt=ウムベルト)」−ヤーコプ・フォン・ユクスキュルの造語−の観点からもう一度考えなおそうという観点である.ただし,ユクスキュルから借用してきたこの概念を著者は自分なりに再定式化して展開している.



第一部「The Search for the Natural Order Begins」では,ヒトにとっての環世界から見た生物分類観を踏まえた上で,生物分類学の長い歴史の中で,科学としての分類が生きものがどのように分類されてきたかをリンネの時代にさかのぼって再考する.そして,分類学が近代化されるとともに,科学的な分類が環世界と矛盾するようになってきたと指摘する.



第二部「A Vision Illuminated」では,ヒトのもつ認知的傾向を人類進化学ならびに認知心理学の両面から分析するとともに,脳疾患あるいは脳損傷による分類不能症例をも挙げながら,環世界の中で分類するという行為がいかに人間の生物学的側面と深く関わっているかをわかりやすく説明する.ヒトにとっての環世界は,人間が長い時間をかけて進化してきた過程で自然淘汰によって獲得された,さまざまな認知心理的傾向の産物であると著者は言う.ヒトの生得的な分類認知特性(著者の言う「human shared Umwelt」論)と現代生物体系学との根本的な矛盾は「科学 vs. 本能」というより一般的なテーマに敷衍される.



第三部「A Science Is Born」を構成する三章では,Ernst Mayr ら環世界を暗黙のうちに尊重してきた進化体系学者たちに対して,1950年代以降,その基本綱領を根底から否定する別の対抗学派の出現とその余波を論じる.第八章「Taxonomy by the Numbers」は分類学に統計処理をもちこんだ数量表形学,第九章「Better Taxonomy Through Chemistry」は不可視的な分子データに基づく分子体系学,そして第九章「The Death of Fish」は paraphyletic taxa をことごとく抹殺した分岐学派の話だ.全体として過去半世紀にわたる体系学論争の概観としては悪くないと思う(やや“週刊誌的”な煽りが鼻につくが).



第四部「A Vision Reclaimed」では,科学としての生物体系学がヒト固有の環世界を否定してきた現代史を踏まえ,環世界のもつ意義を再評価する著者のスタンスが明らかになる.第11章「This Strange Station」は,生得的な環世界は科学とは別の次元で生き続けていることを,種と人種の問題,人工物の分類,ヒヨコの性別分類(日本人の特技!)などの実例を挙げて論じる.最後の第12章「Beyond Science」で,著者はたとえ先端科学が環世界を無視しようがそれはけっして消え去らないという点を強調する.このセクションでは,それまで積み上げた議論を総括して,乖離しつつある科学的分類と人間的本能とをどのように融和できるのか,変わりゆく生物多様性の新たな理解に向けてどのような一歩を新たにふみ出せばいいのかについて著者は問いかけている.



生物の「分類」に着目して生物多様性の理解の本質を問い直す本書は,類書にない内容と魅力があり,難解な専門用語を省いたその平易な語り口は一般読者にも広く受け入れられるだろう.



【参考】The 2010 Washington State Book Award / Finalist for the 2009 Los Angeles Times Book Prize



【書評】Ivonne J. Garzón-Orduña: Systematic Biology, 59(2): 242-243, 2010.



三中信宏(2011年7月31日)



[付記]本書はNTT出版(東京)から翻訳出版されることがすでに決まっている.