『「知」の欺瞞:ポストモダン思想における科学の濫用』

アラン・ソーカル,ジャン・ブリクモン[田崎晴明・大野克嗣・堀茂樹訳]

(2000年5月24日刊行,岩波書店,東京,xxviii+338+30 pp., ISBN:4000056786版元ページ正誤表

元のハードカバー版は今から十年以上前に出版されたが,その後は品切れになっていた.本書が今年2月に岩波現代文庫に入るとの情報を得て,ひそかに拍手をしている.イワナミ,えらいっ.文庫の「解説」は誰が書くのだろう?

【書評】※Copyright 2000, 2012 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

第一線の思想家たちの誤思考・迷思考・欠陥思考を指摘

いわゆる「サイエンス・ウォーズ」の火ぶたを切った張本人とされている、物理学者アラン・ソーカルとジャン・ブリクモンの話題の書『「知」の欺瞞』がようやく日本語で読めるようになった。社会構築論を標榜するポストモダン人文科学と素朴実在論を楯にとる自然科学との激論を期待する読者は、見事に裏切られるだろう。本書はそういう論争の書ではない。むしろ、現代の一部の哲学に見られる「当世流行の馬鹿話」(原著のタイトル)−すなわち数学・物理学などの科学の誤用と濫用−を徹底的に暴いた本である。現代哲学のビッグネームたちが次々と俎上に上げられては、なます切りにされている。自然科学者の目から見て明らかなまちがいを、「彼ら」が何一つ理解できていないのは滑稽ですらある。たいへん刺激的でおもしろい本で、私は笑いながら読んでしまった。



訳書の帯には正しく「これは,サイエンス・ウォーズではない」と大きく書かれている。確かにそのとおりである。「科学戦争」というキャッチコピーはあたかも両者が丁々発止の戦いを繰り広げているかのような誤解を生んでいる。しかし、私は、本書を読んで、むしろ別宮貞徳の名物コラム「誤訳・迷訳・欠陥翻訳」を連想してしまった。サイエンス・ウォーズという大仰な言葉とは裏腹に、本書は淡々と現代の第一線の思想家たちの誤思考・迷思考・欠陥思考を指摘し続ける。勝負は最初からついていたのだ。一読をお薦めする。





三中信宏(2000年7月9日/2012年1月2日)

【目次】
日本語版への序文 v
翻訳について xxiii
 1.はじめに 1
 2.ラカン 24
 3.クリステヴァ 53
 4.第一の間奏:科学哲学における認識的相対主義 69
 5.イリガライ 142
 6.ラテゥール 165
 7.第二の間奏:カオスと「ポストモダン科学」 178
 8.ボードリヤール 195
 9.ドゥルーズガタリ 205
 10.ヴィリリオ 226
 11.ゲーデルの定理と集合論:濫用のいくつかの例 234
 12.エピローグ 242


付録A.境界を侵犯すること:量子重力の変形解釈学に向けて 281
付録B.パロディーへのいくつかの注記 331
参考文献 [7-30]
索引 [1-6]