『日本の動物観:人と動物の関係史』

石田戢・濱野佐代子・花園誠・瀬戸口明久

(2013年3月15日刊行,東京大学出版会,東京,vi+274 pp., 本体価格4,200円,ISBN:9784130602228目次版元ページ

【書評】※Copyright 2013 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved



本書は,現代の日本人と動物との関わり方とその背後にある動物観の様相を「四つの切り口」から光を当てている.以下,それぞれについてまとめておく:

「第I部:家庭動物」(濱野佐代子)

日本人とペット(コンパニオンアニマル)との関わりをとりあげる.ワタクシ的にはこれまでペットを飼った経験がほとんどないのでピンとこないが,人と動物との関わりを “心理学的” に研究する分野があることを知った.ペットを「家族の一員」とみなす日本人が過半数だが,そのことがペットに対する “しつけ” のなさにつながると指摘されている.



なお,続く第II部で花園誠は,同じペットであってもイヌとネコでは “地位” がちがうと述べている(pp. 122-123).イヌは “ソト” につねにいて人間と行動するが,ネコは社会性がないので “ソト” と “ウチ” を行き来してしまう.民話の世界で,イヌはけっして化けないが,ネコは化ける由縁はそこにある,と.

「第II部:産業動物」(花園誠)

日本の伝統的な畜産と肉食に関する論述.とてもおもしろい.明治以前の日本は動物を喰いまくっていたらしい.著者は言う:


「日本の食文化は伝統的に「魚食・米食」であって,いわゆる「肉食の文化」はなかった,とのイメージが非常に強い.しかし,文献や資料をひもとくと,公には禁忌とされ中央から追いやられたために,文字情報として残された記録こそ少ないが,日本から肉食の文化はけっして消えることがなかった史実が随所にうかがえる」(p. 82)



その上で,アイヌマタギの伝統的生活をふりかえることにより,肉はもちろんのこと,内臓から “糞” まで喰っていたかつての食習慣に光が当てられる.統治者や宗教界が何を言おうが「肉」を喰い続けた日本人.ただし,人と動物のあいだの “見えざる境界線” が現在にいたるまで厳然として「ある」こともまた事実と著者は指摘する(第5章).それは,屠畜をめぐる歴史的経緯や東日本大震災の避難所でのペット持ち込み問題などに際して表面化している.

「第III部:野生動物」(瀬戸口明久)

“野生” をキーワードとして,いまや定説となった「日本人の動物観」観にメスを入れる:

「これまで「野生動物問題」においては,「日本人の動物観」と科学的な野生動物管理とのズレがしばしば問題にされてきた.日本人は人間と動物の境界が不明確であると考えていて,動物に対して「情緒的」な感情をもっている.それに対して,西洋人にとって動物とは人間が利用するために神から与えられた存在であり,人間より下位の生きものである.そのため欧米では野生動物管理学など科学的な手法を用いて動物を管理しているのに対して,日本では合理的に野生動物を管理するという発想がなかなか定着しない.このような「日本人の動物観」論はほとんど定説になっている」(p. 146)



著者は,日本人の動物観は「固定的で不変的なものではなく,ダイナミックに変容する多様な価値観」(p. 150)という対極的な見方を提示する.著者は「野生動物」という概念自身が1930年代のアメリカで「野生動物管理学」の登場と同調して出現したことを指摘する.その一方で,日本における動物観を批判的に検討するならば,「多様な動物観が,社会的ネットワークのな化に組み込まれているなモデル」(p. 154)が必要になるだろうと示唆する.



続く二つの章で,著者は「野鳥」と「野猿」をそれぞれとりあげて,日本人にとっての “野生”(ならびに対概念としての “人為” ) とはどのような意味をもってきたのかについて考察を進める.トキやコウノトリが徹底的に “人為” 的操作されているにもかかわらず “野生” であると日本人がみなす理由は何か,在来生物と帰化生物における “野生” と “人為” の線引きのあり方など現代の保全生物施策と新入外来種問題にもつながる内容を含んでいる.個人的には最後に挙げられている「ゲノム時代の動物観」(p. 185)すなわち表現型ではなく遺伝子レベルで “野生” を見分けようとする考えの広まりがとても気になった.

「第IV部:展示動物」(石田戢)

動物園における “見世物” としての動物の話.トピックスとしてはおもしろいのだが,ややツッコミが足りないように感じた.



それぞれの著者の担当する分野ごとにがまとまったページを割いて書かれていて,単なる論考の寄せ集めではない充実した読後感がある.



三中信宏(2013年3月28日)