『月刊みすず(no. 611:2013年1-2月合併号)』

(2013年2月1日発行,みすず書房,東京,本体価格300円 → 版元ページ

今回は下記の5冊を選んだ(pp.46-47):

【書名】絵はがきの別府:古城俊秀コレクションより
【著者】松田法子著・古城俊秀監修
【刊行】2012年5月30日
【出版】左右社,東京
【ISBN】978-4-903500-75-1
【情報】http://d.hatena.ne.jp/leeswijzer/20120827/1346740768

日本を代表する温泉地である別府がたどってきた長い繁栄の歴史を数百枚の「絵はがき」を通して再構築する.ある絵はがきが切り取る時空内の一点の風景を次々に積み重ねることで,明治から現代にいたる歴史のストーリーが流れ出てくる.詳細な解説文を活動弁士とする絵はがきの無声映画を鑑賞すれば,文字と図像が交わりながらも独自性を保っていることがわかる.



【書名】Letzte Zuflucht Schanghai: Die Liebesgeschichte von Robert Reuven Sokal und Julie Chenchu Yang
【著者】Stefan Schomann
【刊行】2008年
【出版】Wilhelm Heyne Verlag, München
【ISBN】978-3-453-15260-1
【情報】http://d.hatena.ne.jp/leeswijzer/20120503/1335922406

数量分類学クラスター分析の創始者であるロバート・R・ソーカルと中国人妻・楊珍珠の伝記.科学者がたどる経歴はともすれば著書や論文などの研究業績を通してのみ語られる事が多い.しかし,本書『旅路の果ての上海:ロバート・ルーヴァン・ソーカルとジュリー・チェンチュー・ヤンの愛の物語』は,この著名な生物統計学者がたどった波乱の人生を描き出す.第二次世界大戦前夜,ユダヤ人への迫害を逃れてウィーンから上海の租界に移住したソーカルは地元出身の楊と結婚し,大戦中の日本による占領時期をはさんで終戦後までの激動期を上海に暮らす.当時の上海の町並み,中国語で記された婚姻の祝詞,日本語の滞在許可証など,対話調のドイツ語本文とは別のメッセージを写真は語りかけている.



【書名】ムネモシュネ・アトラス
【著者】アビ・ヴァールブルク[伊藤博明・加藤哲弘・田中純(訳・解説)]
【刊行】2012年3月30日
【出版】ありな書房,東京
【ISBN】978-4-7566-1222-9
【情報】http://d.hatena.ne.jp/leeswijzer/20120728/1343529683

美術史家アビ・ヴァールブルクの大著を最後まで読み通した.本書全体を構成する計八十枚の「パネル」にはそれぞれ複数のモノクロ写真が配置され,全体として千枚を越える図像の迷宮が出現する.パネルごとの詳細な解説文はガイドとしてとても役に立つが,最後にはパネルの図像に対峙しなければならない.個々の写真からパネルへ,さらに『アトラス』全体へと展開される高次元の図像空間ははらはらするほど挑戦的だった.



【書名】Fragmenta Papuana
【著者】Herman Johanes Lam
【刊行】1927〜1929年
【出版】Buitenzorg, Java
【情報】http://d.hatena.ne.jp/leeswijzer/20121226/1356469796

現在のインドネシアがかつてオランダ領東インド(蘭印)と呼ばれていた20世紀初頭,オランダ出身の植物分類学者である著者は探検隊を組んでパプア・ニューギニアの未踏地への探検を実施した.その報告はバタヴィア(現ジャカルタ)で発行されていた蘭印科学雑誌に連載された(1927〜29年).本書『パプア断章』はその抜き刷りを一冊の本にまとめたものである.当地の自然・生物相・民俗に関するオランダ語の報告文とともに,数多くの写真とイラストが百年前のニューギニアをよみがえらせる.



【書名】ガリマールの家:ある物語風のクロニクル
【著者】井上究一郎
【刊行】1980年9月25日
【出版】筑摩書房,東京
【情報】http://d.hatena.ne.jp/leeswijzer/20120429/1335745929

小説でもありノンフィクションでもある.こういう上質なエッセイを読むと心が洗い浄められる.文章だけでなく,装幀も上品.この愉しみは,電子本ではなく,「紙」の本でしか味わえないだろう.特筆すべきは巻末のモノクロ写真集は映画のシーンのようにセリフが湧いてくる.写真は文章に負けず劣らず力強く読者に語りかける.


三中信宏:2013年5月26日]