『最相葉月 仕事の手帳』

最相葉月

(2014年4月1日刊行,日本経済新聞出版社,東京,230 pp., 本体価格1,500円, ISBN:9784532169275版元ページ

【書評】※Copyright 2014 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved



作家生活の内側から

ひとりの作家がどのように仕事を進めてきたかについて自ら語った本.こういう内容の本は今まで読んだことがないかもしれない.単に「文章の書き方」にとどまらず,作家としての仕事の進め方や資料の集め方,関係者との人間関係づくり,さらにはインタビューの大技小技まで,自分の経験や講義あるいは対談をもとに具体的に書かれていて,とても興味深い本になっている.



第1章「仕事の心得」(pp. 15-90)では,仕事の立ち上げから完成にいたるまでを構成するさまざまな局面について,著者がうまくいったり失敗したりあるいは迷ったりした経験が綴られている.それは,原稿の督促をめぐる絶妙な駆け引き(「上手に催促できますか」pp. 31-33)だったり,あるいは公開ブログを書く書かないのせめぎあい(「ブログを書きますか」pp. 67-69)だったりする.「読者が書き手を救うとき」(pp. 79-81)では,自分の本の書評に関して著者はこう言う:

「インターネットには様々な本のさまざまな感想があふれている.書いた人はきっと,作家本人が目にすることなど想像もしていないだろう.だが,書き手はその一つ一つに一喜一憂し,時に深く傷つき,時に励まされている」(p. 81)

そうだそうだ.ただし,書き手の側も「書評頻度分布」をコッソリつくることで防衛線を張る程度には賢くなっているのだが.



続く第2章「聞くこと」(pp. 91-131)では,インタビュアーとしての著者の仕事に目を向け,実際の対談記事を再録しながら,要所要所でインタビューのコツと反省点が差し挟まれている.前半は作家・三浦しをんとの,後半は写真家・野町和嘉とのインタビューだ.



第3章「書くこと」(pp. 133-169)はワタクシにとって精読の価値があった.第1節「科学を書く」では,日本での科学ジャーナリズムに対する著者の見解が述べられている.まず,科学書を “誰” が書くのかについて:

英米ほど科学ジャーナリズムやその市場が成熟しているとはいえない日本では,たとえ専門分野を修めた優秀な人でも筆一本で生活している人はごくわずかである.全国の大学が文部科学省の予算で科学ジャーナリズム講座を展開し始めたので状況は多少変わりつつあるが,いまのところ日本で科学ジャーナリストといえば新聞社やテレビ局の科学記者が大半である」(p. 135)

と言う.確かに,いまの日本の学問的環境では,現役の科学者が一般向けの科学書を「書く」ために乗り越えるべきハードルはむしろ高くなってしまったかもしれない.著者は,それに加えて読み手の側の問題もあると指摘する:

「理科教育のあり方から議論しなければならないが,要するに,よほど関心の高い読者は例外として,科学の本を楽しんで読んでくれる人が日本にはまだまだ少ないのである」(p. 136)

第2節「人間を書く」では,早稲田大学大学院での講義をもとに,伝記・評伝の書き方を論じる.取り上げられている題材はもちろん:最相葉月星新一:一〇〇一話をつくった人』(2007年3月30日刊行, 新潮社,東京, ISBN:9784104598021書評|版元ページ:上巻下巻新潮文庫]).著者は一次資料の集め方から遺族との関わり方にいたるまで,伝記作家としての「仕事の作法」について具体的に書いている.



この星新一伝を書くにあたって,著者は未整理の膨大な一次資料を参考にしたと書いている(p. 160).ワタクシの書評でも書いたが,星新一の父親である星一は(息子とは別個に)とても興味深いひとりの人物だ.著者もそのように感じたようで,次のようにコメントしている:

星一という人はほんとに謎多き人で,実は取材しながら,こちらのほうがおもしろいじゃないかとのめり込みそうになったぐらいでした」(p. 164)

最後の第4章「読むこと」(pp. 171-226)は,ノンフィクション本の書評を集めている.「読むことは書くこと.書くことは読むこと.私の中で両者は不即不離の関係にある」(p. 175)と言うだけのことはあって,この章に束ねられたいくつもの書評(いずれもブック・アサヒ・コム掲載)は読みでがある.



つい最近読んだ:沢木耕太郎旅する力:深夜特急ノート』(2008年11月30日刊行,新潮社,東京,289 pp., ISBN:9784103275138版元ページ特設ページ)でも,一人の作家がどのような「修行時代」を送りつつキャリアを積み上げていったかが自伝的に書かれていた.本書もまたもうひとりの作家がどのように “つくり/つくられて” きたのかが垣間見えてとても興味深かった.



三中信宏(2014年4月20日