『ねずみに支配された島』

ウィリアム・ソウルゼンバーグ[野中香方子訳]

(2014年6月15日刊行,文藝春秋社,東京,カラー口絵 iv + 302 pp., 本体価格1,800円,ISBN:9784163900810目次版元ページ

【書評】※Copyright 2014 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

自ら蒔いた種を自ら刈り取る宿命

 

地球のいたるところで絶滅に瀕している動植物たちはあとからやってきた「侵入者」によってとどめを刺されている ― 本書は生物保護の最前線を追跡する迫真のレポートである.本書に描かれている侵入外来動物による “ジェノサイド” はすさまじいの一言に尽きる.ニュージーランドの離島に住む飛べないオウム「カカポ」をはじめ,アリューシャン列島の果ての小島に住む「ウミスズメ」にいたるまで,侵入者であるネズミやネコやキツネやヤギは容赦なくすべてを食い散らかし,在来の固有生物たちは存亡の瀬戸際に追い詰められていく.映画〈ターミネーター〉を連想させるほど,この “悪役たち” の執拗さと貪欲さの描き方がリアルでみごとだ.

 

本書で報告されている事例をいくつか挙げよう([ ]内は加害動物):ニュージーランドのカカポ,キウイ,ムカシトカゲ[ネズミ]/アリューシャン列島のウミスズメ[キツネ,次いでネズミ]/バハ・カリフォルニアの固有鳥類[ネコ]/ガラパゴス諸島[ヤギ]/カリフォルニア沖の島の海鳥[ネズミ].著者は侵入外来動物がその土地に固有の生物相に壊滅的被害をもたらしてきたと警告する.

 

この “悪役たち” に対抗する人間側は,究極の殺鼠剤であるプロジファクムの大量散布により,あるいは手練のハンターを大量動員することで,島全体に巣食う “悪役たち” を皆殺しにする作戦に出る.つまり “悪役たち”を徹底的に根こそぎ殺しまくって “まっさら” になった土地に固有生物たちを戻すという大規模作戦の経緯が本書のクライマックスである.とりわけ印象に残るのは,最初は事態の深刻さに気づいた個人の細々とした努力だったものが,やがて科学と政治を巻き込む大規模な動きとなっていく過程だ.何年もの時間をかけ,綿密に下準備をした上で,大量の資金と人員と機材を投入して一気に攻勢をかけるというのはまさに現代世界の「軍事作戦」そのものではないか. “悪役” と認定された「敵」が,たまたま人間ではなく,侵入外来動物だったという標的のちがいだけではないか.

 

もちろん,この殲滅作戦がいつも望ましい結末をもたらすわけではない.毒物の環境への広域散布は,場合によっては,食物連鎖を通じた生体濃縮により栄養段階が高い生物に対するリスクを高めるからである.さらに,動物を殺戮することで救済するという基本方針への社会的反論はことのほか根強いと著者は言う.賛同者は「果てしない年月をかけて進化が作り上げた生き物を,どこにでもいる殺気立ったネズミが絶滅させるのを放置するのは,自然に対する犯罪に加担するに等しい」(p. 177)と主張するのに対して,動物の殺戮そのものに反対する過激な愛護団体やアクティヴィストたちは「ある動物の種を『侵入者』と呼ぶ人間は,いったい何様のつもりだ?」(p. 177)と反論し,殺鼠剤が散布される島に潜入して解毒剤を撒いたり,自治体や議会での抗議ロビー活動を繰り広げることで,事態をさらに複雑にしている.

 

一読して,侵入してきた兇悪な “殺戮者” たちに無慈悲にも殺されていく無力な固有生物たちを救うべく立ち上がる果敢な人間という勧善懲悪物語的なストーリー展開にはやや複雑な読後感が残る.それらの侵入外来動物はほかならない人間が持ちこんだという歴史的事実は否定できないからである.ある目的で人為的に導入された動物はたいていの場合,導入した人間の思惑とはちがった行動を取ることが本書を読むとわかる.そして,それを完全排除して “白紙” に戻すには「皆殺し」しかないのだろう.本書を通じて,島嶼生物相の保全のためにこれだけ大規模な掃討作戦が実践されその成果が着実に積み上げられてきたことをワタクシは初めて知った.

 

もう30年以上も前,小説家・西村寿行は『滅びの笛』というパニック小説を書いた.その内容はネズミの大量発生によって現代社会が崩壊していくというストーリーだった.本書はこの小説をすぐさま連想させる.ひとつ大きなちがいがあるとしたら,『滅びの笛』の結末は猛禽のノスリが大発生したネズミを食いつくすというエンディングであるのに対し,本書では人間が立ち上がるしかないという一種の「英雄譚」になっているという点だ.そのあたりがワタクシが複雑な読後感を抱いた理由だろう.

 

自ら蒔いた種を自ら刈り取る責務を負った現代社会と人間に科せられた宿命を本書はするどく読者に問いかけている.

 

三中信宏(2014年6月23日)