『The Evolution of Phylogenetic Systematics』

Andrew Hamilton (ed.)

(2014年刊行,University of California Press[Series: Species and Systematics, Volume 5], Berkeley, viii+309pp., ISBN:9780520276581 [hbk] → 目次版元ページ

【書評】※Copyright 2014 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved



系統体系学史のウラ側を覗きこむ



本書は,2008年にアリゾナ州立大学(現在はニューヨーク州立大学)の the International Institute for Species Exploration(IISE) で開催された生物体系学の歴史と哲学に関するシンポジウムの論文集である.本書は三部構成で,歴史的視点から考察する Part One: Historical Foundations(pp. 15-85), 体系学の概念的問題を論議する Part Two: Conceptual Foundations(pp. 87-210), そして,現代的技法の将来性を考察する Part Three: Technology, Concepts, and Practice(pp. 211-301)から成っている.ただし,所収されている論文は,多かれ少なかれ,歴史的・概念的・技術的な内容をいずれも含んでいる.



編者 Andrew Hamilton による Introduction(pp. 1-14)には,なぜ系統体系学の歴史的成立を “もう一度” 考察しなければならないかについて問題提起がなされている.生物体系学の現代史をひもとけば,1960年代以降の「体系学論争」についてはこれまで詳細に研究されている.しかし,そのきっかけとなった Willi Hennig の著書『Phylogenetic Systematics』(1966年)ははたしてその通りの影響力を及ぼしたといえるのか.それと同時に,英語圏での体系学論争は,ドイツ語圏での系統学の伝統とどのように関係していたのか.種問題に代表される形而上学的問題,あるいは系統推定にともなう認識論的問題の考察がどのようになされてきたかは,実はいまもなお十分にわかっているとはいえないと Hamilton は言う.



Part One: Historical Foundations —— この第1部では,生物体系学の現代史を回顧する.



最初の Robert E. Kohler「Reflections on the History of Systematics」(pp. 17-46)は,彼の著書『All Creatures: Naturalists, Collectors, and Biodiversity, 1850-1950』(2006)の内容を踏まえて,20世紀が始まる前後のアメリカにおける博物学研究の様相を振り返る.遺伝学や発生学などの実験生物学の擡頭により,博物学的学問分野は “黄昏” を迎えていたという「通説」が今でも広まっている.しかし,Kohler は20世紀初頭の生物多様性研究は,種記載の点から見ると,むしろとても盛んだったと結論する.Peter J. Bowler (1996)は20世紀開幕前後の数十年間は,上の「通説」とは裏腹に,系統学研究が興隆していたと指摘した.両者の結論はみごとに互いを支持している.



次の Michael Schmitt「Willi Hennig’s Part in the History of Systematics」(pp. 47-62)は,Willi Hennig の業績についての論説.本論文集に先立って出版された Hennig 伝:『From Taxonomy to Phylogenetics: Life and Work of Willi Hennig』(2013)の要約に相当する.



Manfred D. Laubichler の論文「Homology as a Bridge between Evolutionary Morphology, Developmental Evolution, and Phylogenetic Systematics」(pp. 63-85)は,相同性(homology)の概念史を系統体系学の現代史とからめて再検討する.相同概念に関する生物学史的な議論はこれまで19世紀が中心だったが,著者はむしろ20世紀に入ってから相同に関する理解が深まっていったと指摘する.そして,Hans Spemann(1936), Gavin de Beer(1971)そして Rupert Riedl(1975)らの相同性に関する議論を踏まえ,進化発生生物学への道筋を示す.Adolf Remane による相同性の詳細な考察(1952)は,生物学的というよりはむしろ歴史的視点を重視したと著者は述べる(p. 72).本論文の後半では,近年の生物学的相同概念(Wagner 2014 参照)に言及している.たとえ,分子遺伝学的な知見が蓄積された現代に会っても,なお相同概念の背後にはつねに形而上学的問題(時空同一性や自然種に関する哲学的問題)が横たわっていることがわかる.



Part Two: Conceptual Foundations —— 第2部は,系統体系学あるいは分岐学(cladistics)の現代史に関する論文が集められている.



冒頭の Andrew Hamilton「Historical and Conceptual Perspectives on Modern Systematics: Groups, Ranks, and the Phylogenetic Turn」(pp. 89-116)は,分類群のランキング問題が過去一世紀の間,どのように議論されてきたかをたどることで,体系学における種や高次分類群の実在性がどのように問われてきたかを考察している.とくに,Walter Zimmermann(1931)から Willi Hennig(1950)にいたる初期の系統体系学者たちが,系統的体系を構成する分類群の実在性とそのランキングに関してどのような考えをもっていたかは興味深い.



次の Olivier Rieppel「The Early Cladogenesis of Cladistics」(pp. 117-137)は,Willi Hennig の系統体系学の揺籃期と形成期に光を当てる(Rieppel 2007a 参照).後半では,分岐学派のなかでの “分派” とくにパターン分岐学について論じられている.興味深いのは,パターン分岐学の特徴である “非歴史性(ahistoricity)” は,系統推定における「実在論(realism)」から「道具主義(instrumentalism)」への移行であると Rieppel がみなしている点だ(Rieppel 2007b 参照).



Gareth Nelson「Cladistics at an Earlier Time」(pp. 139-149)は,Hennig の系統体系学の理論が英語圏に入ったきっかけは,Hennig の著作を通してではなく,Lars Brundin のユスリカ研究(Brundin 1966)を経由したと指摘する(参照:Nelson 2000: 14-16).それは Rieppel の論考を補足する内容となっている.



続く David M. Williams and Malte C. Ebach「Patterson’s Curse, Molecular Homology, and the Data Matrix」(pp. 151-187)は,Colin Patterson の言説をよりどころにして,分岐学派の中での “部族間闘争” に焦点を絞る.パターン分岐学が英語圏の分岐学コミュニティーの中で成立し,数々の内部闘争を経てきたことは,Willi Hennig Society の「なかのひと」はみんな知っている.本論考では,その闘争がどのようなものだったかが描かれていてとても参考になる(pp. 171-179).英語圏の分岐学はその初期(1970年代始め)に古生物学に革命を起こした分岐学と,数量表形学の系譜に連なる数量分岐学に分派したと著者らは言う(p. 171).基本的スタンスとして,著者らは,最節約法(Wagner parsimony)に基づく数量分岐学は悪しき意味で “phenetic(表形的)” であると批判する(これはこれで問題があるとワタクシは考える).そのうえで,著者らが標榜するパターン分岐学は “非パターン分岐学”すなわち Willi Hennig Society をいま牛耳っている James S. Farris ら最節約主義者たちからいわれなき迫害を受けていると言う(その通りだとワタクシは考える).ただ一点,無用の論争を避けるためには,Steve Farris が開発した Wagner parsimony 法は Bob Sokal の数量表形学に連なるものではなく,むしろ Herb Wagner の分岐学的方法に由来するものだという点に注意しよう(Farris 2012).罵倒語として “phenetic” を濫用するのはよくない(Brower 2012).ワタクシが見るかぎり,数量分岐学は,数量表形学ではなく,スタイナー樹の離散最適化に近縁なので,まったくちがう知的伝統の系譜に属しているはずだ.



第2部の最後の論文 Brent D. Mishler「History and Theory in the Development of Phylogenetics in Botany: Toward the Future」(pp. 189-210)は,植物体系学における分岐学の浸透について論じる.動物体系学とは別の “文化” が植物体系学にはあったと著者は指摘する.系統樹ではなく系統ネットワークの嗜好,分子データではなくつねに形態データも忘れない姿勢(p. 204, Table 8.1)など,PhyloCode への肯定的言及(p. 205)は命名に対する著者の所信表明だろう.



Part Three: Technology, Concepts, and Practice —— 第3部は内容的にひとまとまりにならない三つの論文から成る.



最初の Beckett Sterner「Well-Structured Biology: Numerical Taxonomy’s Epistemic Vision for Systematics」(pp. 213-244)は本論文集の中でもひときわ光る論文だ.分岐学から見た歴史観では1970年代に “息絶えた” はずの数量表形学の精神は実は現在にいたるまで脈々と伝わっているのではないかと著者は問題提起する.すなわち,ローカルな数量表形学の分野で道具として用いられた数学とコンピューターは,その後の生物体系学のグローバルな発展のなかにしっかり組み込まれたということだ.そこでのキーワードが「epistemic vision」すなわち「a feasible strategy for solving ill-structured problems by the principled reorganization of work」である(p. 216).数量表形学の epistemic vision は,それまでの生物体系学の研究プロセスを「taxon-specific」な部分と「methodological」な部分に分け,後者を数学とコンピューターの導入により定式化したと著者は主張する.



次の Norman MacLeod「A Comparison of Alternative Form-Characterization: Approaches to the Automated Identification of Biological Species」(pp. 245-285)は,生物形態の定量的比較に関する総説で,内容的には幾何学的形態測定学が形態データの解析にどのように利用できるかという話.



最後の Quentin Wheeler and Andrew Hamilton「The New Systematics, the New Taxonomy, and the Future of Biodiversity Studies」(pp. 287-301)は近未来的な “cybertaxonomy” の実現を見据えた政見放送だ.著者らは分子情報は形態情報とは対置されるべきではなく,「分子もまた形態である,それ以上でもそれ以下でもない」 (p. 292)という観点から解析されるべきだと主張する.



本書の論文集としての構成は内容的にけっして堅牢に組み立てられているわけではなく,また随所に校正ミスが残っている.しかし,それは大きな問題ではない.むしろ,現代の生物体系学のよって立つ基盤をもう一度考えなおそうという趣旨には諸手を上げて賛同したい.体系学研究の解析ツールが日進月歩で進んでいる時代だからこそ,ときには「うしろを振り返る」あるいは「足もとを確認する」だけの心の余裕が研究者には求められるからである.



なお,本書の書評はすでに Systematic Biology 誌に掲載されている(Wägele 2014).



引用文献
  1. Peter J. Bowler 1996. Life’s Splendid Drama: Evolutionary Biology and the Reconstruction of Life’s Ancestry 1860-1940. The University of Chicago Press, Chicago.
  2. Andrew V. Z. Brower 2012. The meaning of “phenetic” . Cladistics, 28: 113-114.
  3. Lars Brundin 1966. Transantarctic Relationships and Their Significance, as Evidenced by Chironomid Midges : with a Monograph of the Subfamilies Podonominae and Aphroteniinae and the Austral Heptagyiae. Kungliga Svenska Vetenskapsakademiens Handlingar, Fjärde Serien, 11(1), Almqvist & Wiksell, Stockholm.
  4. Sir Gavin R. de Beer 1971. Homology: An Unsolved Problem. Oxford University Press, London.
  5. James S. Farris 2012. Early Wagner trees and “the cladistic redux.” Cladistics, 28: 545-547.
  6. Willi Hennig 1950. Grundzüge einer Theorie der phylogenetischen Systematik. Deutscher Zentralverlag, Berlin.
  7. Willi Hennig 1966. Phylogenetic Systematics. Translated by D. D. Davis and R. Zangerl. University of Illinois Press, Urbana.
  8. Robert E. Kohler 2006. All Creatures: Naturalists, Collectors, and Biodiversity, 1850-1950. Princeton University Press, Princeton.
  9. Gareth Nelson 2000. Ancient perspectives and influence in the theoretical systematics of a bold fisherman. The Linnean, Special Issue No. 2, pp. 9-23.
  10. Adolf Remane 1952. Die Grundlagen des natürlichen Systems, der vergleichenden Anatomie und der Phylogenetik: Theoretische Morphologie und Systematik I. Akademische Verlagsgesellschaft Geest & Portig K.-G., Leipzig.
  11. Rupert Riedl 1975. Die Ordnung des Lebendigen. Paul Parey, Hamburg.
  12. Olivier Rieppel 2007a. The metaphysics of Hennig's phylogenetic systematics: Substance, events and laws of nature. Systematics and Biodiversity, 5: 345-360.
  13. Olivier Rieppel 2007b. The nature of parsimony and instrumentalism in systematics. Journal of Zoological Systematics and Evolutionary Research, 45: 177–183.
  14. Michael Schmitt 2013. From Taxonomy to Phylogenetics: Life and Work of Willi Hennig. Brill, Leiden → 書評
  15. Hans Spemann 1936. Experimentelle Beiträge zu einer Theorie der Entwicklung. Springer, Berlin.
  16. J. Wolfgang Wägele 2014. [Book Review] The Evolution of Phylogenetic Systematics.― Edited by Andrew Hamilton. Systematic Biology, 63 (3): 450-451.
  17. Günter P. Wagner 2014. Homology, Genes, and Evolutionary Innovation. Princeton University Press, Princeton.
  18. Walter Zimmermann 1931. Arbeitsweise der botanischen Phylogenetik und anderer Gruppierungswissenschaften. In: Emil Abderhalden (ed.) Handbuch der biologischen Arbeitsmethoden. Abteilung IX: Methoden zur Erforschung der Leistungen des tierischen Organismus, Teil 3: Methoden der Vererbungsforschung, Heft 6 (Lieferung 356), pp. 941-1053. Urban & Schwarzenberg, Berlin.


三中信宏(2014年7月10日)