『死を悼む動物たち』

バーバラ・J・キング[秋山勝訳]

(2014年8月25日刊行,草思社,東京,302 pp., 本体価格2,200円, ISBN:9784794220769目次版元ページ

【書評】※Copyright 2014 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved



擬人主義と現実世界のはざまで



人間には “喜怒哀楽” の感情があるが,他の動物たちにはそれがないと私たちはつい考えがちである.しかし,本書は,そのような世間的常識ではとらえきれない,さまざまな動物たちの感情表現の実例が描かれている.



本書に取り上げられる例は,死んだわが子をいつまでも抱き続ける母猿,肉親の死骸から離れようとしないゾウたち,仲間の遺骨を見に来るバイソンの群れ,そして人間に殺された連れ合いの遺影を見るためにわざわざ海から上がってくるウミガメなどのきわめて詳細な記録である.テネシー州のゾウと犬の間の友情のように,動物の感情表現は生物の「種」の壁を越えることもある.



もっと身近な日常生活に目を向けても,ペットである犬や猫あるいは兎がみせる喜怒哀楽の感情表現についても数多くの証拠が示されている.「ペットロス」は人間固有の喪失感ではない.ペットどうしでも相方が死ぬとペットロスに似たうつ状態が観察されるという.



人類学者でもある著者は,これらの事実を積み重ねた上で,陥りがちな擬人主義をきわどく回避しながら,人間以外の動物たちがいかに豊かな感情表現能力をもっているかを力説する.もちろん,動物には感情表現がいつもあると深読みするのはまちがいだろう.本書でも指摘されているように,アリのような社会性昆虫に見られる死体に対する扱いは化学物質によって引き起こされた応答にすぎないことがわかっているからだ.



本書の後半では,動物たちの事例の延長線上の人類進化の歴史を振り返りながら,先史時代以降のヒト(ホモ・サピエンス)の感情表現のあり方を論じている.とりわけ,遺跡から発掘される埋葬の様式は,死を悼む原始人の心情を推論する証拠となる.今から10万年前のホモ・サピエンスはすでに遺体を埋葬していた形跡がある.早くも24,000年前の旧石器時代には,美麗な装飾を施した遺体が埋葬された墓がモスクワ郊外で出土した.



私たち人間の感情表現は進化的にどこまでたどることができるのだろうか.かつてチャールズ・ダーウィンはその著書『人と動物における感情表現』(1871)のなかで,ヒトの心理的属性がどのような進化的ルーツをもっているのかについて考察した.科学のみならず社会全体を巻きこむ論争をも引き起こした『種の起源』(1859)の出版からわずか10年あまりで,ヒトの感情や心理を進化的視点から考察するまでに状況が変わったことは印象的だ.



本書から読者に手渡されるメッセージは,死者を悼み弔うという私たち現代人の感情は実は奥深い進化的なルーツをもっているということだ.そして,喜怒哀楽の感情表現が動物からヒトへとつながっていく生物進化の過程に思いをめぐらすとき,動物たちのもつ豊かな感情表現について,ときに心を揺さぶられながらも,その意味を冷静に見つめる視点があることを私たちは知るだろう.



三中信宏(2014年9月23日)