『安曇野のナチュラリスト 田淵行男』

近藤信行

(2015年11月25日刊行,山と渓谷社, 東京, 414 pp. + 24 plates, 本体価格2,600円, ISBN:9784635310352目次版元ページ

山岳写真家にしてナチュラリストだった田淵行男(1905-1989)は,第二次世界大戦中の強制疎開により安曇野に住むようになるまで,さまざまな経歴を転々とした.第3章までに描かれた前半生の経緯はとても興味深く読めた.彼が山岳写真家として本格的に活動を始めたのは戦後のこと.いつも独りで山歩きをしながら山岳写真の技術を身につけたというキャリアの積み上げ方が印象的だ.さらに,若い頃から関心を持ち続けた高山蝶やアシナガバチを対象とする研究スタイルの完成も,昆虫学者たちの個人的なつながりを覗けば,学会や同好会に属することなく自分で確立したという.掲載されているモノクロ山岳写真や蝶の細密カラー図版そして雪形の写真は一見の価値あり.

田淵行男は確かに “孤高” という表現がぴったり当てはまるのかもしれない.しかし,本書の後半は彼の仕事の紹介が中心で,彼の生活を支えたプライベートなことどもはあまり言及されていない.同時に,彼のように在野ナチュラリストとして長年にわたって研究を続けた事例は他にも少なからずあるだろう.同じく高山の蝶蛾を論じた2冊の本:神保一義『高山蛾:高嶺を舞う蛾たち』(1984年6月30日刊行,築地書館[蝶蛾シリーズ・7],東京, viii+192 pp., 0045-184051-4818)と渡辺康之『高山蝶:山とチョウと私』(1986年6月10日刊行,築地書館[蝶蛾シリーズ・10],東京, viii+210 pp., ISBN:4806722596)がワタクシの手元にある.時代的には田淵の晩年に重なっているはずだが,この2冊には彼への言及はほとんどないようだ.彼らはみなそれぞれ独りで研究を続けてきたということだろうか.

なお,田淵行男を主人公にしたテレビドラマ〈蝶の山脈〜安曇野を愛した男〜〉が2015年11月29日(日)にNHK-BSプレミアムで放送される(→ NHKドキュメンタリー番組ホームページ).また,安曇野には彼の没後に建てられた〈田淵行男記念館〉があるという.