『分類山村語彙』

柳田國男・倉田一郎(編)

(1941年5月15日刊行,信濃教育會,長野, 4+410 pp. → 目次国立国会図書館デジタルコレクション

第二次世界大戦中に信州で出版された “黒い本” なので,手荒く扱うと紙質も造本もかなり心もとない.もとは1930年代の大日本山林會報に連載された記事だったらしい.

序から:

  • 「さういふ多くの語彙の中では,殊に山中の事物の名に,古い生活の名残が色々と傳はつて居ることを,我々は感ぜざるを得ない」(p. 2)
  • 「分類山村語彙の多くの言葉が,永遠に忘れ去られる日は近い.何だかもう既に無くなつてしまつたものが,大分に有るのではないかといふ氣もする」(p. 3)
  • 「我々の語彙に出て居ない一つの言葉が有るといういふことは,大抵の場合には一つの事實の,今まで気付かれないものが見つかつたことを意味するのみか,時としては說明し得なかつたことを說明する手掛りになる」(p. 3)― an indigenous system of knowledge.
  • 「既に採集せられた一語の,又他の土地にもあつたといふことは,事實を確かめるだけでなく,なほ其由來の遠いことを推測せしめる.同じ言葉の解釋の少しづゝのちがひは,誤謬を正す以上に,又考へ方の變遷を跡づけしめる場合もある」(pp. 3-4)― 系統推定アブダクションの姿勢.

第5部「禽獸」の第23章「鳥獸名」とそれに続く第24章「獸外除け」では,熊・猪・鹿・羚羊・狐・狸・狼・貂など,かつて日本の森林に広く生息していた獣たちの生態を踏まえた名称と罠の仕掛けについての知識体系が拾われている.第23章「鳥獸名」にある「ヌタバ」の說明:

  • 「猪の習性として,水の湧き出すやうな處で泥中に轉がり,松の木などの根元へ身體をこすり付ける.九州以外では之をヌタ打,その場所をヌタバ,山中の地名としても各地に多い」(p. 222)
  • 「尚ノタとヌタとは殆ど區別なく使はれて居る.だから芝居などで斬られた役者のノタウチ廻るなどといふノタウチも,この猪のヌタウチの所作からの思ひつきであつた」(p. 222)※そーかそーかそうだったのか.

中部地方で猪害を防ぐために囲われた「輪地」がのちの「輪中」になったそうだ.続く『分類山村語彙』の第6部「狩獵」と最後の第7部「山の信仰」読了.独特の狩猟文化もさることながら,第25章「單純狩獵」では熊の落とし罠や鹿の仕掛け鉄砲いろいろ,猪に爆薬を噛ませるという荒っぽい手法も.第30章「獸の肢體」では熊・猪・鹿などの部位とその食べ方と作法など.

第1部「土地」第1章「地形」読了.「峠」を意味する「トウ(タワ)」は「たわむ」から(pp. 2-3).「左沢」にも使われる「アテラ」は「日陰の山向こう」の意味(pp. 7-8).第3章「山林管理」では「森」と「林」の差異について言及.「森=ハイ/ハエ=生える」vs「林=ハヤシ=生やす」と対置されている.人為がどの程度加わっているかによる区別だろうか.

第4部「山仕事」の第19章「木地屋」では,木地師のルーツは近江愛知郡小椋にあると記されている(p. 177).

全体としてとても興味深い本だった.

なお,柳田國男の『分類語彙』三部作はいずれも国立国会図書館デジタルコレクションで公開されている:『分類山村語彙』『分類漁村語彙』 『分類農村語彙』.