『ナチュラルヒストリー』読売新聞書評

岩槻邦男
(2018年12月5日刊行,東京大学出版会ナチュラルヒストリーシリーズ],東京, vi+366 pp., 本体価格4,500円, ISBN:9784130602563目次版元ページ

読売新聞書評:三中信宏分類学は生き残れるか」(2019年2月17日)が〈本よみうり堂〉で公開されました.



分類学は生き残れるか

 東京大学出版会が1993年に創刊した叢書<ナチュラルヒストリーシリーズ>は本書の刊行をもって計50冊で完結した。このシリーズは日本に分布するさまざまな生物の分類・生態・進化に関する論考だけでなく、古生物学・文化人類学博物館学をも含む包括的な分野をカバーしている。最終巻となる本書は「多様な動植物を対象とするナチュラルヒストリー(自然史)とはそもそも何か?」という大きなテーマを掲げ、その長い歴史を振り返るとともに、日本内外のナチュラルヒストリーの現状を俯瞰し、これから学ぼうとする後進への提言を示す。

 

 著者は、第2次世界大戦後の日本におけるナチュラルヒストリーがたどった歴史はけっして平坦ではなかったと回顧する。確かに、ナチュラルヒストリーを支えてきた生物分類学の長い歴史は、動植物の記載と体系化の段階を経て、現在では生物学の大きな変革のなかで、系統と進化の科学的研究へと軸足を移しつつある。

 

 ところが、生物多様性の危機が叫ばれている最中に、皮肉なことに学問としての分類学そして分類学者自身の絶滅が危惧されている。これからのナチュラルヒストリーはいかにして生き延びられるのだろうか。長年にわたって日本の植物分類学の研究と教育を牽引してきた著者ならではの思索の道のりは、本書まるまる1冊を費やしてつづられた長いエッセイをたどり、その行間にこめられた意味をゆっくり読み解くことによって理解が深まるにちがいない。

 

 学術書の市場は、書いて支える著者、出して支える出版社、そして買って支える読者の三本柱があってはじめて成り立つ。しかし、生物学分野に限らず自然科学系書籍の日本での出版状況は年々厳しさを増すばかりだ。このような先の見えない状況のなかで、<ナチュラルヒストリーシリーズ>を過去25年間の長きにわたり、連綿と出版してきた地道な功績をあらためて高く評価したい。ありがとう。

 

三中信宏[進化生物学者]読売新聞書評(2019年2月17日掲載|2019年2月17日公開)