『利己的遺伝子の小革命:1970-90年代 日本生態学事情』感想

岸由二
(2019年11月18日刊行,八坂書房,東京, 278 pp., 本体価格3,500円, ISBN:9784896941746目次版元ページ

こういう自然科学の “戦史物語” はワタクシ自身も書いてきたのでとてもなじみがある.今なお点々と残る “生態学史的遺跡” の来歴を語れる書き手はもう少なくなってしまった.

まえがき「この分野に,広い視野で関心のありそうなのは,わたくしと同世代(2019年時点で70歳前後),あるいはこれからひと世代下で,研究者現役最後の日々を暮らす方々かと思われる.事情通のはずのそんな読者の皆さんは……」(p. 5)—— “事情通のはず” のシニア研究者たちはたくさんいるはず.

だから,さらに若い “戦争を知らない” 世代の生態学者あるいは進化学者たちは,大御所たちにこの本を突きつけて,「これってどーなんですかっ!」と “黒船” がやってきた頃の “日本生態学事情” について問い詰める楽しみが残されているだろう.しかし,まえがきを読むと,著者の岸さんはどうやら若手の読者にはあんまり期待していなくって,ワタクシ以上の世代を読者層として想定しているみたいね.

日本の生態学という個別科学のかつての “景色” の成立と “遺跡” の由来に関心がないとこの本は読む動機づけがないだろう.そのとき,本書は “リトマス試験紙” として使えるにちがいない.

「個々の研究者が個々の分野で卓越した業績をあげることと,研究者集団が自らの位置を現代生物学の構図のなかに適切に位置づける視野をもつことは,言うまでもなく相対的に独立した事態」という著者の指摘(p. 145)には全力で同意する.本書に所収された1970〜90年代の論考はそのための足場だ.

おそらく本書全体のまとめとも位置づけられるのは,第3部「ひとつの総括」の論考「現代日本生態学における進化理解の転換史」(pp. 145-185)だ.出典は柴谷篤弘長野敬養老孟司(編)『講座進化・2:進化思想と社会』(1991年9月20日刊行,東京大学出版会,東京, x+236 pp., ISBN:413064212X).懐かしいねえ.

あとがき「付記」にも記されているが,本書の補遺となる文書は別途出されているので,併せて読むと背景事情がとてもよくわかるにちがいない:岸由二 2017. 嘉昭さん応答せよ.Pp. 342-358:辻和希(編)『生態学者・伊藤嘉昭伝 ― もっとも基礎的なことがもっとも役に立つ』(2017年3月25日刊行,海游舎,東京, x+421 pp., 本体価格4,600円, ISBN:9784905930105書評目次版元ページ).