『地図とグラフで見る第2次世界大戦』読売新聞書評

ジャン・ロペズ(監修)|ヴァンサン・ベルナール,ニコラ・オーバン(著)|ニコラ・ギルラ(データデザイン)[太田佐絵子訳](2020年5月30日刊行,原書房,東京, 195 pp., 本体価格8,000円, ISBN:978-4-562-05758-0版元ページ

読売新聞大評が公開された:三中信宏データ・デザインの労作 —— 地図とグラフで見る第2次世界大戦 V・ベルナール+N・オーバン著」(2020年9月13日掲載|2020年9月23日公開).



データ・デザインの労作

 第2次世界大戦では、国境を超え大陸をまたいで大量の戦闘員と兵器が行き来し、戦火が広がれば国を支える経済活動や民間人の生命そのものにも甚大な被害がもたらされた。この大戦にともなう政治・経済・軍事にわたる大変動を記録した大量のデータが現存している。しかし、この巨大かつ複雑な数字のデータはそのままでは容易に理解できるしろものではない。そこで登場するのが新たなデータ・デザインを駆使したインフォグラフィックスである。

 まな板のような大判の本書を開くと、どのページにもフルカラーで描かれたみごとな図版が目に飛び込んでくる。データの可視化の技法を駆使したマップとダイアグラムの数々は膨大なデータを踏まえた労作ぞろいだ。しかも、これだけ大きなサイズにもかかわらず、どの図版も細かいところまで配慮が行き届いている。

 各国の当時の軍事力を客観的に評価し、所有する戦闘機・軍艦・兵器の性能の詳細きわまりない比較は“ミリオタ”ではない評者にもぐいぐい迫る説得力がある。とりわけ、太平洋戦争のきっかけとなった真珠湾攻撃、独ソ絶滅戦争を象徴するスターリングラード包囲戦、広島と長崎に災厄をもたらしたマンハッタン計画、そして連合国軍によるノルマンディー上陸作戦など第2次世界大戦の要となったできごとの多面的な図解は本書の見どころだ。また、大戦後の世界復興がどのような国際協調と対立のもとでなされたのかについても触れている。

 本書は図版集ではあるのだが、さらりと通読できるタイプの本ではない。各図版があまりにも多くの情報をギュッと詰め込んでいるので、ひとつずつ“解凍”しながらゆっくり味わうにはきっと時間がかかるだろう。誇張ではなく拡大鏡を片手に、このインフォグラフィックスの作品をじっくり楽しむことをおすすめする。データ・デザイナーが担うべき仕事の領分はこれからますます広がりそうな予感がする。太田佐絵子訳。

 ◇Vincent Bernard=ジャーナリスト、軍事史の専門家 ◇Nicolas Aubin=第2次世界大戦史の専門家。※原題は Infographie de la Seconde Guerre mondiale

三中信宏[進化生物学者]読売新聞書評(2020年9月13日掲載|2020年9月23日公開)



第2次世界大戦では,長年にわたって兵隊・武器・資材が国境をまたいで大規模に移動し,それらを生みだした戦時下の経済活動もまた戦火の広がりによって大きく変動した.もちろん,多数の民間人も爆撃や侵攻による大きな被害を受けた.これらを記録した膨大なデータがあって,それらは現在公開されている.

本書『地図とグラフで見る第2次世界大戦』は,この世界大戦の全貌を「データ」の観点から見渡した労作だ.ワタクシの書評でこの本をあえて “労作” と読んだのは,この巨大な本が “データ解析” ではなく “データデザイン” という新しい視点から編まれたインフォグラフィックスの最新刊だからだ.本書は大量の生データを可視化し,詳細きわまりないカラフルなグラフを駆使して,当時の戦闘状況を時間軸・空間軸に沿って再現する.

たとえば,太平洋戦争の火蓋を切った真珠湾攻撃やヨーロッパの戦況を一変させたノルマンディー上陸作戦を描いたグラフィクスは圧倒的な説得力で読者に迫ってくる.データはやたら解析するばかりが能ではない.ワタクシ自身は “ミリオタ” ではないが,本書のところどころに挿入されている各国軍の所有兵器(戦車・戦闘機・戦艦・大砲など)のスペックを比較した図版にぐいぐいと誘引される読者はきっといるだろう.

巨大な判型にもかかわらず,拡大鏡でやっと判読できるほどの詳細なカラー図版の数々は,データ “そのもの” を見せることの威力と意義をわれわれに再認識させる.この「データデザイン」の分野はサイエンスとアートの境界でいま大きく展開しつつある.大きくて重くしかも高価な本だが, “紙の本” ならではの魅力を堪能することができる.良書.