『虫たちの日本中世史:『梁塵秘抄』からの風景』第1〜2章

植木朝子
(2021年3月1日刊行,ミネルヴァ書房[叢書〈知を究める〉・19],京都, vi+327+11 pp., 本体価格3,000円, ISBN:978-4-623-09058-7目次版元ページ



第1章「中世芸能に舞う虫 ── 蟷螂・蝸牛」では,舞い踊る “蟲” が登場する.カマキリ(蟷螂)は当時の芸能や猿楽に登場する滑稽者だったという.著者は「攻撃性に注目されることの多い蟷螂を,人間と調和的な存在とし,舞う者と捉えた今様の精神」(p. 17)と指摘する.

タツムリ(蝸牛)もまた舞い踊る “蟲” とみなされていた.著者は『堤中納言物語』に所収される有名な「虫めづる姫君」を例に挙げて(p. 18),蝸牛をめぐる中国由来の伝承に言及するとともに,踊るカタツムリの物語は日本・朝鮮・中国から欧米さらにはロシアまで広範に分布しているという.

第2章「中世の信仰と刺す虫 ── 蜂・虱・百足・蚊」の冒頭では, “虫めづる姫君” の父親とされる太政大臣・藤原宗輔が「蜂飼の大臣」として登場する.さまざまな逸話が示されるが,とりわけ興味深いのは,社会性昆虫としての蜂の行動・生態的な特徴が “虫の智恵” として一般に周知されていた点だ.

シラミ(虱)・ムカデ(百足)・カ(蚊)と聞けば現代人ならば血相を変えて叩き潰すところだが,第2章に登場するこれらの “刺す蟲たち” は,今様や能に擬人化されて出てくるほど身近な生きものたちで,必ずしも排除されてはいない.これらの害虫ですら現代人とは異なる付き合い方があったようだ.