『虫たちの日本中世史:『梁塵秘抄』からの風景』総括

植木朝子
(2021年3月1日刊行,ミネルヴァ書房[叢書〈知を究める〉・19],京都, vi+327+11 pp., 本体価格3,000円, ISBN:978-4-623-09058-7目次版元ページ

最後の終「豊かなミクロコスモス」では,全体の総括として『梁塵秘抄』やその他の今様に謡われた “蟲類” の特徴を同時代の和歌などの文学作品と比較して考察する.まず際立つ特徴として著者が挙げるのは “蟲類” の行動と動作への注視だ.著者は和歌と今様では注目される “蟲類” が異なるという:

「これらを概観して気づくのは,ほとんどの場合,「遊ぶ」「舞う」という言葉がともに使われているということであり,こうした語は『梁塵秘抄』今様の虫の把握を端的に示すものと思われる.すなわち,「遊ぶ」「舞う」の語は虫の動きに注目することによってこそ選び出されるものであって,虫の芸能化を媒するものといえるのではないか.こうした今様の特徴は,伝統的な文芸たる和歌と比較することでより際立つ.和歌においては,蛍や蜘蛛を除いては松虫・鈴虫・蟋蟀・蟬・蜩など鳴く虫を取り上げることが圧倒的に多い.(中略)鳴かない虫であっても,その虫の動きそのものを捉えて歌うことはまずないといってよい.和歌の鳴く虫と今様の舞う虫は対照的な様相を示していよう」(pp. 320-1)

著者の指摘する「虫の芸能化」は本書の重要なメッセージだ.虫の見せる動作と行動の特徴を人間が模倣してなぞらえることで, “蟲類” は益虫・害虫という実利的な対置を超えるもっと近距離の存在感を平安時代の日常生活の中で示すことができた.本書に登場する以外の “蟲類” もまた日本各地で人間社会と密接につながっていたことは:野本寛一『生きもの民俗誌』(2019年7月30日刊行,昭和堂,京都, xviii+666+xxiii pp., 本体価格6,500円, ISBN:978-4-8122-1823-5読売新聞書評目次版元ページ)にも膨大な事例を踏まえて考察されている.

—— 中世文芸史研究から広がるのは予想外の昆虫民俗学への視界だった.日本の歴史的文脈(中世文学・芸能)をたどれば, “蟲類” がどのような存在として捉えられてきたかの手がかりがつかめるというのは意外や意外と言うしかない.