『東京焼盡』読了.

内田百閒
(1955年4月20日刊行,大日本雄辯會講談社,東京, 261 pp.)

たび重なる大空襲で “帝都” がいかにして灰燼に帰したかを日記として書き綴った記録.古書で買ったのだが,状態のいい本はなかなか見つからないようだ.のちに文庫本で再刊されたが,ワタクシ的には元本があれば言うことなし.戦火の中あえて疎開することなく,東京に留まり続けた百鬼園先生は,冒頭の「序ニ代へる心覺」で,「何ヲスルカ見テヰテ見届ケテヤラウト云フ氣モアツタ」(p. 2)と記している.自宅も焼夷弾で焼けてしまい,十年経っても「邊リ一面ノ燄ノ色ヲ思ヒ出ス」(同)ほどのトラウマになってしまった.それにしても,空襲下というとんでもない状況なのに,百鬼園先生はなぜこれほど余裕をもって周囲を観察できたのかというのはフシギだ.古川ロッパに相通じる姿勢を感じる.『古川ロッパ昭和日記』では敗戦日前後の日記が欠けているので,内田百閒の『東京焼盡』はそれを補う資料になる.最後の1945年8月21日には:「濡れて行く旅人の後より霽るる野路のむらさめで,もうお天気はよくなるだらう」(p. 254)と記す.翌日から『戰後日記』へと切れ目なく続く.