『タンゴの真実』書評

小松亮太
(2021年4月5日刊行,旬報社,東京, 431 pp. + 10 color plates, 本体価格4,000円, ISBN:978-4-8451-1679-9目次版元ページ

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タンゴの真実はいまだ謎の中

やっと読了.400ページを超えるテクスト分量もさることながら,随所に挿入されている Spotify 音源と YouTube 動画へのQRコードをひとつひとつたどると途方もなく時間がかかる.一冊の情報量がとびきり多い本.

 

前半ではタンゴのたどってきた歴史を踏まえて,タンゴのリズムと旋律構成について,音源と楽譜を示しながら解説する.「ハバネラ」のリズムがタンゴの基本にあるとは知らなかった(pp. 90-93).

 

ワタクシ的にもっとも興味深かったのは,タンゴの演奏には欠くことができない(とされている)バンドネオンの楽器系統学の章「第5章:バンドネオンって何だ?」「第9章:ドイツ東西バンドネオン狂騒曲」「第15章:秘話と逸話のドイツ・バンドネオン業界」「第18章:140年間の最大の謎に迫る」だ.バンドネオンそのものがドイツ起源だったというのもワタクシ的には驚きだった.バンドネオンとその近縁群の歴史的楽器は本書のカラー図版でたっぷり楽しむことができる.バンドネオン[バンドニオン]とコンサーティーナ[コンツェルティーナ]のきわめて複雑な関係は何これ?ってくらくらする.

 

少なくともタンゴはアルヘンティーナだけの音楽ではない. “アストル・ピアソラ” とか “コンチネンタル・タンゴ” という歴史的要因が,よきにせよ悪しきにせよ,このタンゴという音楽文化に影響を与えてきたことがよくわかる.

 

本書を一読すれば,音楽としての「タンゴ」のもつ従来的イメージは徹底的に変わってしまうだろう.ワタクシの居室にもあるギドン・クレーメル楽団のタンゴのCDとかどうしようかと迷ってしまう.アストル・ピアソラゲイリー・バートンのCDは割りに好きだったりするんですけど…….同じピアソラのアルバムでも,1972年にローマでライヴ録音された〈Decarissimo〉の「Onda Nueve」を聴くと,バイオリンがものすごい音程とテンポで全体を “ぶっちぎって” 行く.その荒々しさがとても印象に残った.いまそのバイオリン奏者を確認したら,アントニオ・アグリとウーゴ・バラリスだった.そしてピアノはオスバルド・タランティーノ

 

なお,「第14章:アウトローたちのバンドネオン」では,バンドネオンを用いた作品を書いた作曲家として,武満徹とともにアルゼンチンのマウリシオ・カーゲルが挙げられている.彼自身がバンドネオン奏者とのことだ.カーゲルって,ティンパニーに奏者が “飛び込む” というエンディングのあの〈ティンパニとオーケストラのための協奏曲〉を書いた人.

 

—— 本書を読了してみて,『タンゴの真実』という書名を見直すと,ワタクシは『タンゴの真実はまだわからない』の方がより適切ではなかったかと感じる.謎が謎を呼んでいる.『タンゴの真実』は一回だけ通し読みしたくらいでは十分に読みきれないかもしれない.欲を言えば,これだけたくさんの人名・固有名が登場するのだから,巻末に索引があってほしかった.

 

三中信宏(2021年7月7日公開)