『ジェリコの製本職人』読了

ピップ・ウィリアムズ[最所篤子訳]
(2024年12月2日刊行、小学館、東京, 554 pp., 本体価格3,200円, ISBN:978-4-09-356747-3目次版元ページ

この小説は、1910年代第一次世界大戦下のオックスフォードを舞台として、登場人物が一作目と部分的に重なっている。両作品とも小説の舞台は同じオックスフォードであっても、異なる視点(あるいは平面)から切り取っている。19世紀から20世紀へと移行する前時代を背景とする前作:ピップ・ウィリアムズ[最所篤子訳]『小さなことばたちの辞書』(2022年10月2日刊行、小学館、東京, 526 pp., 本体価格3,000円, ISBN:978-4-09-356735-0目次版元ページ)に比べて、本作では戦時下で女性の権利(選挙権・教育権など)を手にする戦いに軸足が置かれている。主人公であるクラレンドン出版局の製本女工マーガレット・ジョーンズは、女工として “タウン” で働きながらも、いつかは大学で “ガウン” をまとうことを目指す。

前作はOED編纂という誰にでもわかりやすい大事業が小説の柱だったのに対して、本書『ジェリコの製本職人』は大学出版が中心テーマであるのが特徴だ。ワタクシ的には、かねてからわからなかったオックスフォード大学出版局の名称についての疑問が解けたことは朗報だ。私の手元にある D'Arcy Wentworth Thompson 訳のアリストテレス動物誌(Historia Animalium)』(1910年刊行)には、オックスフォード大学出版局(Oxford University Press)という名称はどこにも見当たらず、その代わりに「Oxford at the Clarendon Press」と書かれている。この「at」はどういう意味だろうと前から疑問だった(このネーミングは1970年代まで使われ続ける)。『動物誌』の最終ページを見ると、「Oxford: Printed at the Clarendon Press by Horace Hart, M.A.」と記されている。そういう意味だったか。ホレス・ハートはここに確かにいる。クラレンドン・ビルディングがあの時代のオックスフォード大学出版局の本体であることは『ジェリコの製本職人』にくわしく描かれている(巻頭のオックスフォードの地図が参考になる)。同書巻末にクラレンドン出版局を取り仕切ったホレス・ハート(Horace Hart)の1915年退職記念寄せ書きの写真が載っているのもむべなるかな。ほんとうの主役はこの出版局だったのかもしれない。Cf: Oxford University Press Archive — What is the Clarendon Press?