『宮本常一著作集第31巻 旅にまなぶ』読了

読了。「郷土研究へのねがい」の中にこんな一節がある:

「このような人間のつくり出したあらゆるものを対象とする歴史はその土地に住み、その土地を本当に知る者によってのみ書くことができるのであって、それこそ本当に実感のともなった歴史であると言える。記録はその実感を裏付けるための一つの手段として利用すべきものであって、記録を年代順にたどってゆくことのみが歴史であると考えてはならない。つまり歴史をもっと生き生きとした実感のともなった幅の広いものと考えて見るべきではないかと想う。それにはどうしても実地に歩いて見、また郷土に生活することによってのみ可能になる。つまり郷土人でなければ書けない実感のこもった歴史があるはずである。そういう歴史研究がもっと盛んになっていいと思う」(pp. 16-17)

民俗学に限らず、フィールドワーク全般に当てはまる指摘のように読める。

「調査地被害」の章の「略奪調査の実態」(pp.126-131)では、民俗学調査の名の下にそれぞれの地域から借り受けた大量の文書資料等が返還されなかった事例が糾弾されている。この話題はどこかで聞いたなと思ったら、四半世紀も前に読んだ:網野善彦古文書返却の旅——戦後史学史の一齣』(1999年10月25日刊行,中央公論新社中公新書1503],東京,viii+199 pp.,本体価格660円,ISBN:4-12-101503-7書評・目次版元ページ)に詳細に書かれていた。