『日本の出版流通における書誌情報・物流情報のデジタル化とその歴史的意義』

湯浅俊彦

(2007年12月20日刊行,ポット出版ISBN:9784780801118版元ページ目次



【書評(まとめて)】

実におもしろい.基礎的な資料をしっかり踏まえて書かれたこういう本は読み甲斐があるというものだ.タイトルだけでは,「書籍流通史」という個別業界ネタと思われてしまうかもしれないが,これまでほとんど調べられてこなかった,日本における「ISBN導入史」の掘り起こしを通じて,書店と取次店との微妙な力関係の推移を探った労作だ.

昨日の車中読書として,さっそく第1章「日本図書コードおよびISBN導入問題とは何か」と続く第2章「流対協の日本図書コードおよびISBN表示保留とその解除─日本の出版業界の
“南北問題”」を読んだ.とても小さなフォントで組まれた本文で100ページあまり.以前から疑問に思っていたことがあっさり氷解していくのがとても心地よい.たとえば,疑問:「日本におけるISBN導入時期は?」→回答:「1981年11月」(p. 19)/疑問:「ISBN以前はどうなっていたか?」→回答:「1970年1月から“書籍コード”なる統一番号が付与された」(p. 22)/疑問:「現行の“日本図書コード”とは?」;回答:「ISBN+Cコード+価格コード」 —— という具合だ.業界の人びとには常識であっても,部外者にはぜんぜん見えないことが多々ある.

もうひとつ,「ISBN」がどのような理由で,書籍流通上の論争を引き起こしたかということだ.取次店がすべての出版物に対して“総背番号制”を導入するということは,当然(当時の状況を考えれば),出版に対する“上からの管理統制の強化”という書店側の懸念を引き起こしただろう.しかし,本書の著者は,もうひとつの「出版社コード差別問題」を指摘する.ISBNには「出版社コード」が数桁含まれているのだが,その番号の割り当てをめぐって,中小出版社が差別されているのではないかという問題があったという.そういう歴史的経緯があったとは本書を読むまで何一つ知らなかった.

第3章「出版流通対策協議会と第2次ISBN論争」と第4章「市民運動・労働運動の視点から見た日本図書コードおよびISBN問題」の途中まで読む.著者の言う出版流通業界の“南北問題”とは,小数の大手出版社と多数の中小(零細)出版社との利害対立の図式である.

第3章では,中小出版社がつくった流対協(出版流通対策協議会)の活動を軸として,この“南北問題”ならびに2005年以降に顕在化した“第2次ISBN論争”(ISBNの「13桁」化が火種となった)について論じる.前章で論じられた1980年代初頭の“第1次ISBN論争”が出版活動への国家統制への懸念という政治的メッセージをもっていたのに対し,四半世紀後の“第2次ISBN論争”は出版業界の利害対立すなわち“南北問題”がクローズアップされてくる.このちがいを著者は次のように述べている:




第1次ISBN論争と第2次ISBN論争とを比較すると,流対協の批判がかなりトーンダウンしているように思われる.[……]1980年代の「本の総背番号制」=国家による出版物の一元的管理と出版の自由の侵害という批判の論理はもはや展開していない.実際,書籍にISBNが表示されたことによって出版物の国家統制は行われなかったし,国際的にみてもISBNはそのような事態のをもたらすことはなかった.しかし,流対協の批判のうち,書誌情報のデジタル化がいずれ出版コンテンツそのものの売買をもたらす可能性があるという指摘の方は現実化したと言わざるをえない.(p. 114)



つまり,表層の「ISBN問題」と連動する深層の諸問題に目を向けなければならないという著者の指摘だ.

残りの章:第5章「日本図書コードおよびISBN導入をめぐる図書館界の動向」,第6章「電子タグの導入と出版流通合理化」,そして第7章「結論」を読了.第4章で論じられていたように,日本ではISBN導入の旗振りを図書館が行なった(しかもその経緯には不明な点がある)という指摘が興味深い.

—— 本書は,著者の博士論文の単行本化だそうだ.そして,同じ著者の修士論文を本にしたのが,2年前の:湯浅俊彦『出版流通合理化構想の検証:ISBN導入の歴史的意義』(2005年10月5日刊行,ポット出版ISBN:4939015807版元ページ)だった.こちらは新刊で出てすぐに入手しようと思ったのだが,実際に手にしないうちに買いそびれてしまった.そのうち手元に置きたい.