『花街——遊興空間の近代』読了

加藤政洋
(2024年10月8日刊行、講談社講談社学術文庫・2839)、東京, 221 pp., 本体価格1,020円, ISBN:978-4-06-537358-3目次版元ページ

こういうジャンルの本に袖を引かれる機会が目立って増えてきた。遊廓を含む「花街」がどのような経緯で造られてきたかを日本各地の事例を通して考察する。花街はけっして民間のみの駆動でつくられたのではなく、時代ごとの都市政策(まちづくり)を推し進める政治的・経済的なバックグラウンドがあって初めて出現した明治以降の所産であると著者は言う。各地の花街が「新地」とか「新開地」と称される地域にあることが多かったという著者の指摘に首肯する。拙著『読む・打つ・書く』の「本噺前口上」冒頭で言及した伏見の中書島遊廓も例外ではなく、ワタクシが記憶しているかぎりでは、遊廓のあったエリアは “新開地” と呼ばれていた。

本書の巻末には「花街専門用語」リストがまとめられていてとても便利。なお、道後温泉〈松ヶ枝遊廓〉の古い絵葉書が載っているが(p. 44, 図5左下)、正面門の右手角に写っている建物は今でもそのまま上人坂(旧 “ネオン坂” )の入口に残っている(参照:2024年12月4日(水)日録)。

『在野と独学の近代 —— ダーウィン、マルクスから南方熊楠、牧野富太郎まで』読了

志村真幸
(2024年9月25日刊行、中央公論新社中公新書・2821]、東京, viii+267 pp., 本体価格960円, ISBN:978-4-12-102821-1目次版元ページ

「在野」で「独学」したアマチュアたちの列伝。内容の濃い読みでのある新書だった。終章「アマチュア学者たちの行方」に総括されている重要な論点は、在野アマチュアうしの知的コミュニティをどのように組織立てるかだ。西洋的な “ヨコ” の広がりと日本的な “タテ” の階層という対比しつつ考察される今後の方向づけは、現代の「シティズン・サイエンス」の行方とも関わる。良書。

『花街——遊興空間の近代』目次

加藤政洋
(2024年10月8日刊行、講談社講談社学術文庫・2839)、東京, 221 pp., 本体価格1,020円, ISBN:978-4-06-537358-3版元ページ


【目次】
はじめに 3

第1章 花街の立地と形態 15

1 遊廓と花街 15
2 地図のなかの花街 22
3 花街の空間的類型 32

第2章 城下町都市の空隙、市街地化のフロンティア 46

1 和歌山城丸の内の再開発 47
2 鳥取藩主の庭園《衆楽園》 52
3 富山藩主の別邸《千歳御殿》 58
4 「にごりえ」のあとさき 66
5 鹿児島の墓地再開発 69
6 神戸市近郊の《西新開地》 77
7 再び「新開町」をめぐって 96

第3章 近代東京における地区指定の転回 99

1 江戸‐東京の「慣例地」 99
2 《白山》の指定と開発のはじまり 112
3 大正期の地区指定 118
4 昭和初年の「置土産」 127
5 ウォーターフロントの花街 134

第4章 近代大阪における新地開発 150

1 岸本水府の花街案内 150
2 江戸から明治へ 153
3 新遊廓《飛田》の誕生 157
4 《今里新地》の開発 171
5 新地の開発史 177

第5章 謎の赤線を追ってーー鹿児島近郊の近代史 181

1 消えた遊廓とひとつの謎 181
2 都市近郊の近代 185
3 近郊の名所とメディア・イベント 191

 

おわりに 207

 

文献一覧 210
図表出典一覧 [217-216]
花街関連用語集 [221-218]

『心の哲学史』目次

村田純一・渡辺恒夫(編)
(2024年11月12日刊行、講談社、東京, 638+xi pp., 本体価格3,200円, ISBN:978-4-06-523522-5版元ページ


【目次】
まえがき(村田純一) 1
第1章 心の哲学史の始まり――一九世紀、科学と哲学の交叉(村田純一) 19
 コラムI エーレンフェルスからゲシュタルト心理学へ(村田憲郎) 133
 コラムII 意志と行為の構造化(直江清隆) 153
第2章 心の科学・心の哲学・身体の現象学――内観・行動主義から心と身体への展開(長滝祥司) 161
第3章 認知システムと発達の理論展開――他者論から現代発達研究へ(柴田健志) 251
 コラムIII 心の理論パラダイムと発達研究(内藤美加) 305
第4章 心理学の哲学を基礎づけたもの――その認識論的背景と現象学的心理学(渡辺恒夫) 319
 コラムIV 現象学的精神医学の興隆と衰退(渡辺恒夫) 413
第5章 認知神経科学現象学――身体と自己の起源を探る潮流(田中彰吾) 427
第6章 心理的なるものを超えた心理学――歩く・食べる・眠るの心理学へ(染谷昌義) 523
あとがき(渡辺恒夫) 633
主要人名索引 [vi-xi]
事項索引 [i-vi]

『新版 禁酒宣言——上林暁・酒場小説集』

上林暁坪内祐三編]
(2024年11月10日刊行、筑摩書房ちくま文庫・か-30-2])、東京, 333 pp., 本体価格900円, ISBN:978-4-480-43988-8版元ページ

先日、つくばのリブロで袖を引かれた文庫本。全編にわたって「禁酒宣言」が書かれていたなら、きっと〈みなか文庫〉の “禁書扱い” となったにちがいないが、実際には「飲酒宣言」みたいな読み心地で安心している。

『飲み・食い・書く』書評

獅子文六
(1961年11月15日刊行、角川書店、東京, 1 plate + 278 pp. → 目次

【書評】※Copyright 2024 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

飲み食いは人生そのもの

どこかで見たような書名ではあるが(笑)、ワタクシがこっそりパクったわけではない。60年も前にこのような本が出されていたことをつい最近になって初めて知ったわけで、それゆえ『読む・打つ・書く』との書名の類似は、罪深い “相同” ではなく、清廉潔白な “非相同” でございます。ワタクシは無実だー。

 

実を言えば、獅子文六という作家の本を手にしたことはワタクシはかつて一度もなかった。本書『飲み・食い・書く』は徹底的に食と酒の自分史本で、幼い頃から晩年に至るまで、何を食ってきたか、何を呑んできたかが連作エッセイから見えてくる。歳をとるとともに著者の食と酒の嗜好が変わってくることも正直に書かれている。飲み食いは人生そのもの。横浜で生まれ育ち、のちにフランス留学を経験した著者は、日本料理・欧風料理(フランス・ドイツ)・中華料理(今の横浜中華街)の食文化のちがいとその歴史的背景に関心を向ける。それにしてもこのお酒の呑み方(量)はアカンやろ。胃潰瘍になるのもむべなるかな。

 

太平洋戦争後、愛媛の宇和島疎開していた著者は伊予料理に接する機会が増える。「要するに、その土地で食うものを食え」(p. 88)という教訓は、風土ごとに異なる食文化と食生活を楽しむ著者の姿勢を物語る。

 

本書「あとがき」の〆のくだりは、食と酒に対する著者の向き合い方を読者に示している:

「しかし、いい年をして、飲み食いの本を出すなんて、多少、気がヒケないでもない。もう、いくらも飲めないし、いくらも食えないのである。もっとも年をとったおかげで、わかる味というものもあるが、ほんとは、黙って飲み、黙って食うのが、一番なのである」(p. 278)

著者が本書を出したのは68歳のときだから、来春ワタクシが “飲み食いの本” を出す頃には歳の差はほぼなくなる。そういう本を出すことについて、まったく “気がヒケ” ることのないワタクシはまだ修行が足りないのかもしれない。

 

最後に、『飲み・食い・書く』の造本について —— ワタクシが手にした初版は函入りの堅牢なハードカバー本で、ほぼ正方形の変型判だ。函と表紙の挿絵もいい感じだが、見出しに使われている活字の字体がとても変わっていて、ほかでは見たことがない。本書は後に角川文庫のラインナップに入り、『獅子文六全集(全16巻)』にも所収されているという。しかし、たとえ本文のテクストが別の本に移せても、この造本と活字書体までは移せないだろう。原書を撫で回すひそかなシアワセをワタクシは黙って味わっている。

 

三中信宏(2024年11月8日公開|2024年11月11日加筆|2024年11月14日修正)

『研究者、生活を語る——「両立」の舞台裏』感想

岩波書店編集部(編)
(2024年10月18日刊行、岩波書店、東京, x+252 pp., 本体価格2,400円, ISBN:978-4-00-061661-4目次版元ページ

それぞれの研究者に降りかかる人生の現実問題への対処(本書では「育児」と「介護」が中心となる)を知る上で良書。

ある研究者は「どの分野にも、次から次へと輝かしい業績を叩き出す研究者がいるが、決して視界に入れてはいけない。万が一、目に入ってしまったら、幻影だと思おう」(p. 137)と言う。「家事や育児の任務を負わない人と同じ土俵で戦おうとすること自体、狂気じみている。競争心はかなぐり捨てなさい」(同)が師の教えとのことだ。個々の研究者ごとに取り巻く事情はさまざま。

身近に “ロールモデル” はいないかもしれない。しかし “嵐” の年月が通り過ぎて振り返れば、自分自身が “ロールモデル” になっているかもしれない。ここでいう “ロールモデル” とは「スーパーマン/スーパーウーマン」ではけっしてない。

本書は、自分が進むべき道を研究者自身が切り拓く前著:岩波書店編集部(編)『アカデミアを離れてみたら——博士、道なき道をゆく』(2021年8月4日刊行,岩波書店,東京, viii+238 pp., 本体価格2,000円, ISBN:978-4-00-061483-2目次感想版元ページ )の “姉妹編” に位置づけられるだろう。

リアルな研究者人生を語るこの二冊はどちらもタイムリーな出版だとワタクシは思う。

『研究者、生活を語る——「両立」の舞台裏』目次

岩波書店編集部(編)
(2024年10月18日刊行、岩波書店、東京, x+252 pp., 本体価格2,400円, ISBN:978-4-00-061661-4版元ページ


【目次】
はじめに v

1 疾風怒濤の乳幼児期──育児編 I

 国際遠距離を乗り越えて──研究者としてのキャリアと家庭生活[渡辺悠樹] 2
 二児の母のワンオペ育児・研究クエスト[髙橋由紀子] 9
 タイミングをめぐる私たちの選択──出産・育児と研究のはざまで[大平和希子] 17
 分担し、外注しながら研究する生活[前田健太郎] 27
 研究者夫婦の常識的日常[小澤知己] 33
 助けられて、助けられて、とにかく続ける[神谷真子] 39
 おさるのジョージ黄色い帽子のおじさんのような生活[別所–上原学] 45
 3歳児の「親」になって──激変した生活と研究[標葉隆馬] 51
 海外で4人の子育てをしながら研究をするということ[中野亮平] 61
 シングルファザーから時差同居生活へ[吉田紅] 69
 ゆっくり急げ──みんなで遠くまで行こう[小町守] 76
 やれるところまでやってみる──綱渡りをつづけて[榊原恵子] 84

2 そして子育てはつづく──育児編 II

 仕事も暮らしも楽しくまわす[丸山美帆子] 92
 男性育休・育児のロング・アンド・ワインディング・ロード[田中智彦] 101
 出産から海外フィールドワーク、そして非常勤の日々──子どもと歩む研究生活[金城美幸] 112
 「逆転」生活からみた世界[佐田亜衣子] 119
 研究者、育てられながら親になる[安部芳絵] 125
 波乱と混乱の生活記録──3人の子を育てつつ[谷口ジョイ] 132
 50代半ばの大学教授の平凡な一日[白木賢太郎] 140

3 〈インタビュー〉巣立ちのあとで──育児編 III

 「人それぞれ」の国、アメリカでの子育て──村山斉さんに聞く 148
 「仕事より家族が大事」であっていい──田島節子さんに聞く 156

4 その日は突然やってくる──介護・病気編

 子どもに返っていく母と──「同居」から「介護」へ[たねをまく子(仮名)] 172
 せん妄になった父との一年[源城かほり] 180
 遠隔地介護と育児のダブルケア体験記[福山隆雄] 186
 医療的ケア児との生活と研究[中村聡史] 192
 「ポスドク一万人」世代の苦悩──たび重なる試練をくぐって[中野(小西)繭] 204
 在宅介護・16年と3カ月[本村昌文] 211

終章 〈インタビュー〉ケアをしながら働くということ

 ケアとジェンダー、そして権力──山根純佳さんに聞く 222
 働き方は変わるのか──藤本哲史さんに聞く 235

 

 巻末付録 その後のこと 245