『お酒を120%楽しむ!』紹介

田村隆明『お酒を120%楽しむ!
(2020年4月1日刊行,東京化学同人,東京, 本体価格1,400円, ISBN:978-4-8079-0984-1版元ページ

版元から依頼され,最終ゲラを事前に読ませていただきました.どうもありがとうございます.以下は紹介文です:

【書評】※Copyright 2020 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

魅惑のお酒の世界ガイドブック

本書は「お酒」の世界を広く見渡した本だ.日本酒はもちろん焼酎・ワイン・ビール・ウィスキー・ブランデー・コニャックその他スピリッツまで,アルコール飲料がいまどのようにつくられそして飲まれているのかをカラー図版をふんだんに使って説明している.著者は分子生物学が専門とのことで,これまで生化学や遺伝子工学まで含めて多くの著作を出している.

 

本書『お酒を120%楽しむ!』にも著者の専門的知識がふんだんに盛り込まれていて,「お酒の科学」を学ぶ上ではとても重宝するだろう.専門にわたる詳細な内容(発酵に関わる化学反応や遺伝子の構造など)についてはあまり深く立ち入ってはいないのは想定される読者層を考えれば賢明な選択だったかもしれない.その代わりに,カラー図表による説明が適切に配置されているのは読者への配慮といえる.

 

以上は前半の第I部についてだが,続く第II部はお酒を飲んだら気になるさまざまな疑問についての一問一答集だ.最後の第III部は呑んべなら避けては通れない「お酒と健康」の解説で,ワタクシにとってはこの部分だけでも心して読む価値があった.

 

著者はこれまで日本国内と世界各地の酒文化を経験してきた.その豊富な体験を踏まえたエピソードが随所にボックスとして配置されている.こういうくつろいだ “酒語り” は読むだけでシアワセになれるし,一方ではうらやましくもある.世の中には「日本酒本」「ビール本」「ワイン本」「ウィスキー本」などカテゴリー別に書かれた本はすでにたくさんあるが,本書のように単一著者が全カテゴリーを網羅した “お酒鳥瞰本” は意外に少ないのではないだろうか.多様のお酒の世界をまたぐ比較の視点をじっくり楽しみたい.

 

三中信宏(2020年3月29日)

『リクルートスーツの社会史』読売新聞書評

田中里尚
(2019年10月10日刊行,青土社,東京, 526+vi pp., 本体価格3,600円, ISBN:978-4-7917-7206-3目次版元ページ

読売新聞の大評が公開されました:三中信宏多様化と進化繰り返す —— リクルートスーツの社会史 田中里尚著 青土社 3600円」(2020年3月15日掲載|2020年3月23日公開)



多様化と進化繰り返す

 今年もまた就活シーズン開幕とともに街にはリクルートスーツ姿の若者が行き交う。本書によれば“リクルートスーツ”なるものが出現したのは1976~77年とのこと。それまでの就職活動では詰め襟の学生服やさまざまなスーツだったが、時代とともに大きく変遷していく。本書は500頁超の大著だが、膨大な情報源を踏まえた詳細な叙述が強烈におもしろい。

 男性ビジネスマン社会の日本では社会人としての“出世”を反映した直線的な「スーツの階梯」が形成されたとする著者独自の説はとりわけ魅力的だ。新社会人を目指す学生たちが就職活動の期間だけ着用するこの“リクルートスーツ”は「スーツの階梯」のもっとも底辺に位置づけられるのかそれとも別扱いなのか。女性の場合の「スーツの階梯」は男性とはどのように異なるのか。当の学生はもちろん大学の就職担当部署や成長株の就職情報産業さらにはファッション業界まで巻き込んだ“リクルートスーツ”論議は果てしなく続く。

 日本経済の浮沈と歩調を合わせて服飾文化的な変異と淘汰を経た結果、“リクルートスーツ”のスタイルや色彩は多様化と収斂進化を繰り返してきた。最近ではすっかり“黒化”してしまった“リクルートスーツ”は、根拠のないうわさが飛び交い、建て前と打算が渦巻く厳しい状況の中での就職活動に生き残りを賭ける学生たちにとっての、止むに止まれない“淘汰圧”の結果でもある。服飾的に“リクルートスーツ”が大きく変化を遂げてもなお「スーツの階梯」が厳然として死守されているという著者の指摘は、分岐的ツリーではなく直線的チェーンが支配的だったという点でとても興味深い。

 評者はいわゆる就職活動をした経験がほとんどなく、“リクルートスーツ”を着て会社まわりをしたこともない。だから、本書の叙述はどこか別大陸の未知の部族の服飾文化史に関する文化人類学的研究のようにも見えた。

三中信宏[進化生物学者]読売新聞書評(2020年3月15日掲載|2020年3月23日公開)

『わたしはナチスに盗まれた子ども:隠蔽された〈レーベンスボルン〉計画』

イングリット・フォン・エールハーフェン,ティム・テイト[黒木章人訳]
(2020年2月27日刊行,原書房,東京, 8 color plates + 294 pp., 本体価格2,400円, ISBN:978-4-562-05730-6版元ページ

「生命の泉(Lebensborn)」計画はアーネンエルベの一角をなす純粋アーリア人育種事業.

『確率と哲学』読売新聞書評

ティモシー・チルダーズ[宮部賢志監訳|芦屋雄高訳]
(2020年1月30日刊行,九夏社,東京, 325 pp., 本体価格3,200円, ISBN:978-4-909240-03-3目次版元ページ

読売新聞大評が公開された:三中信宏確からしさとは何か? —— 確率と哲学 ティモシー・チルダーズ著」(2020年3月8日掲載|2020年3月16日公開):



からしさとは何か?

 世の中には起こるかどうかが不確実なできごとがたくさんある。その確からしさの程度は「確率」という数値で与えられる。たとえば、硬貨を投げたとき表が出る「確率」とかサイコロを振って出る目の「確率」の計算のやり方は学校の授業で習うことがあるだろう。この確率の考え方は日常にも深く入り込んでいる。天気予報を見てその日の「降水確率」が高ければ傘を持って出かけた方がいいだろう。日本に住んでいれば巨大地震の「発生確率」が気にならないわけがない。最近話題の新型コロナウイルスの「罹患確率」が国内で高まれば予期しない施策が降ってくることもある。このようにできごとの確率の大きさは日々の社会生活に大なり小なり影響を及ぼしている。

 そもそも確率って何だろうか?――本書を読むとそれが実は難問中の難問であることがわかる。正しく鋳造されたコインを何度も繰り返し投げ続ければ表の出る確率の値は「0・5」に収束していくだろう。これは「頻度主義的」な定義と呼ばれ、統計学のオーソドックスな理論で採用される。これに対してある事象に対する“信念の程度”を反映する「主観的」な確率の定義をベイズ主義者は支持する。その他にも傾向性解釈や論理的解釈など確率をめぐる数多くの学説が提唱されてきた。

 本書は科学史・科学哲学はもとより数学・論理学さらには物理学まで動員して確率基礎論をバランスよく論じている。しかし、それでも最終結論には至らない。確率をどのように定義しようとも突き詰めれば何かしら未解決の問題が残るからだ。厳密な数学理論でさえ完全ではない。

 科学は問題の解決を目指すのに対し、科学哲学は問題の定式化を目指す。その意味で本書は実に科学哲学らしい本だ。数学上の用語や概念については巻末の補遺にまとめられているので、多くの読者は本文を心安らかに読み進められるだろう。確率をめぐる“謎”は今なお尽きない。宮部賢志監訳、芦屋雄高訳。

三中信宏[進化生物学者]読売新聞書評(2020年3月8日掲載|2020年3月16日公開)

『酒場の京都学』

加藤政洋
(2020年1月30日刊行,ミネルヴァ書房,京都, xiv+232+ii pp., 本体価格2,500円, ISBN:978-4-623-08802-7版元ページ

大評原稿を大手町にメール送信.読書委員会で3月29日(日)紙面掲載予定となった.本書は根性?の入った新聞書評がすでにいくつか出ているので(東京新聞[太田和彦]産経新聞[竹内洋]日本経済新聞[匿名]毎日新聞[菅沼舞]),ワタクシとしてもつい力が入ってしまったのだった.