『Darwin Comes to Town: How the Urban Jungle Drives Evolution』

Menno Schilthuizen
(2018年刊行, Quercus, London, vi+344 pp., ISBN:978-1-78648-110-8 [hbk] → 版元ページ

メノ・スヒルトハウゼン[岸由二・小宮繁訳]『都市で進化する生物たち: “ダーウィン” が街にやってくる』(2020年8月18日刊行,草思社,東京, 335+14 pp., 本体価格2,000円, ISBN:978-4-7942-2459-0版元ページ)の原書.

『都市で進化する生物たち: “ダーウィン” が街にやってくる』書評

メノ・スヒルトハウゼン[岸由二・小宮繁訳]
(2020年8月18日刊行,草思社,東京, 335+14 pp., 本体価格2,000円, ISBN:978-4-7942-2459-0目次版元ページ

生物の “都市生態” と “都市進化” をつぶさにたどる新刊で,人間がつくった都市に果敢にも進出し,しかも急速に進化する実態を多くの実例を通じて描く.著者の鋭い観察眼とユーモアあふれる文章は,進化を観察するためには人跡未踏の “秘境” に行かなければならないという一般人の先入観を軽やかに打ち砕いてくれる.生物進化は実はわれわれのすぐ近くの街ナカで今日も着実に進行している事例が次々に明らかになる.自然選択と表現型可塑性の威力は計り知れない.

著者スヒルトハウゼンは都市フィールドワークのため仙台にも滞在したことがあるという.青葉区の花壇自動車学校はハシボソガラスがゆっくり走る教習車にオニグルミの硬い実を確実に割らせる行動が観察された.イギリスやヨーロッパではシジュウカラやアオガラが牛乳瓶の蓋をこじあけてクリームを舐めた.鳥は賢い.しかし,生物の都市進化は “街が大好き” なあまり前適応した動物だけにかぎらない.モンペリエのフタマタタンポポは街路樹の根元のわずかな面積の断片化された空き地に根を張る.この植物はたった12世代の短期間で風散種子のサイズを都市ニッチで生き延びるように変化させたという.植物も賢い.

本書にはこれらのわくわくするエピソードがてんこ盛りだ.全編を通じて,都市で繁栄する生物のオンパレードだ.また,自然淘汰による進化の事例の “古典” となったオオシモフリエダシャクの “工業暗化” にまつわる研究者たちの人間模様にも言及されていて,都市進化学の系譜の長さを再認識する.

最後の第IV部では,これらの都市進化学の知見をまちづくりの計画やデザインに応用できないかを模索する野心的な章が含まれている.著者には「在来種/外来種」という区別はどうでもよくて,広域的な都市間の「遠隔連携」ネットワークと都市内の分断をアーバン・デザインに使おうとしている.著者は「都市も,手つかずの自然も等価に大事」(p. 318)であり,世界規模での外来生物たち(「生態学的超放浪者」)は「世界市民」なのだから,人間による街づくりはそれを前提にすべきであるという主張(p. 308)と主張する.この点には,さすがの岸由二も「訳者あとがき」で違和感を隠さない.

読了してみると,著者スヒルトハウゼンは純粋に進化学・生態学の研究フィールドとしての “都市” のおもしろさを伝えることに主眼を置いている.したがって,いま社会問題となっている外来アリの話題などはまったく登場しない.もちろん,ハードな “保全主義者” たちにとっては本書は煙たいかもしれない.

翻訳文はとても読みやすく,適切な訳註が随所に配置されていて,日本の読者にとっては読みやすい本に仕上がっている.とても一般読者向きの都市進化学のおもしろい新刊なのでおすすめする.本書の書評はいま書いているところで,来週には時事通信社を通じて各新聞社に配信されることになっている.

なお,原書:Menno Schilthuizen『Darwin Comes to Town: How the Urban Jungle Drives Evolution』(2018年刊行, Quercus, London, vi+344 pp., ISBN:978-1-78648-110-8 [hbk] → 版元ページ)には詳細な後註・文献リスト・索引が付属するが,翻訳に際して文献リストと索引が削られている.だから,本訳書『都市で進化する生物たち』の文献資料としての価値はゼロである.

ついでに,「誤訳,不適訳があれば,ご教示いただけると幸いである」(p. 335)とのことなので,以下に列挙する:

  • P147「ッチワーク」→「パッチワーク」
  • P148, 154, 156, 157「マンシ—サウス」と「マンシーサウス」が混在している
  • P269「『ローマとフィラデルフィアの鳥類比較鑑』」→「『ローマとフィラデルフィアの鳥類比較銘鑑』」
  • P317「イケヤ」→「イケア」

—— 以上.[2020年9月17日]

『都市で進化する生物たち: “ダーウィン” が街にやってくる』目次

メノ・スヒルトハウゼン[岸由二・小宮繁訳]
(2020年8月18日刊行,草思社,東京, 335+14 pp., 本体価格2,000円, ISBN:978-4-7942-2459-0版元ページ


【目次】
はじめに:都市生物学への招待 9

第 I 部:都市の暮らし

Chapter 1: 生態系を自ら創り出す生物たち 24
Chapter 2: 都市という生態工学技術の決勝 37
Chapter 3: 繁華街の生態学 46
Chapter 4: 都市の自然愛好家 59
Chapter 5: 「都会ずれ」したものたち 74

第 II 部:都市という景域

Chapter 7: 進化にかかる時間はどれくらい? 100
Chapter 8: 生物学で最も有名なガ 109
Chapter 9: いま、ここにある進化 125
Chapter 10: 都市生物の遺伝子はどこから来たのか 141
Chapter 11: 汚染と進化 150
Chapter 12: 巨大都市の輝く闇 173
Chapter 13: それは本当に進化なのか? 186

第 III 部:都市は出会いだ

Chapter 14: 思いがけない出会い、思いがけない進化 200
Chapter 15: 生物たちの技術伝播 215
Chapter 16: 都市の歌 235
Chapter 17: セックス・アンド・ザ・シティー 250
Chapter 18: 都市の種の分化 266

第 IV 部:ダーウィン的都市

Chapter 19: 遠隔連携する世界 286
Chapter 20: ダーウィンとともに都市を設計する 300

おわりに:都市で生物を進化させるために 316

謝辞 323
訳者あとがき 328
著者注 [1-14]

『世界は幾何学で作られている』

アミーア・アレクサンダー[松浦俊輔訳]
(2020年9月1日刊行,柏書房,東京, 367 pp., 本体価格3,400円, ISBN:978-4-7601-5258-2版元ページ

いにしえから続く「幾何学的精神」が建築・造園・都市計画に今なおその痕跡を残していることを示す.

『専門知を再考する』読売新聞書評

H・コリンズ,R・エヴァンズ[奥田太郎監訳|和田慈・清水右郷訳]『専門知を再考する』(2020年4月25日刊行,名古屋大学出版会,名古屋, viii+179+30 pp., 本体価格4,500円, ISBN:978-4-8158-0986-7目次版元ページ

読売新聞大評が公開された:三中信宏新たな科学像の構築へ —— 専門知を再考する H・コリンズ、R・エヴァンズ著」(2020年8月30日掲載|2020年9月7日公開)



新たな科学像の構築へ

 原発事故やコロナ禍など大きな社会問題が浮上するたびに、科学的な専門知識が必要だと繰り返し公言されてきた。その一方で、専門家の見解が不当に軽視されたり政治的な曲解誤用の憂き目に遭うことは少なくない。専門的な知識はえてしてつまみ食いされ、つねにそれにふさわしい価値を認められ、尊重されるわけでは必ずしもない。専門知をないがしろにする悪しきポピュリズムの伝統はいまだに根強く残っている。

 そもそもここでいう「専門知」とはいったい誰のものだろうか。科学者の特権か、一般人にも手が届くのか。どうすればその「専門知」は身に付くのか。本書は科学における専門知の特徴とその実在性を明快に整理した上で、この専門知がどのように形作られて広まるかを理論と実験の両面から解明しようとする。

 本書が提唱する専門知を分類する「周期表」は興味深い。とりわけ、ある分野を実質的に担う「貢献型専門知」を会得した“その道の専門家”との密接なやりとりを通して得られる「対話型専門知」という新たなカテゴリーが論議の核となっている。この対話型専門知をよりどころとして新たな科学論への道筋が示される。たしかに対話型専門知があれば複数の専門分野をまたいだ生産的なつながりが期待できるだろう。しかし、この専門知は誰にでも容易に手に入れられるわけではない。明示的な部分(オモテ)と暗黙知の部分(ウラ)から構成される専門知のなりたちは、“科学”に対して万人には必ずしもたどりつけない特別な地位をふたたび与えることになる。

 本書はかなり歯ごたえがある専門書で、読めばすぐわかるタイプの本ではけっしてない。幸いなことに、著者コリンズは一般読者向けに『我々みんなが科学の専門家なのか?』(法政大学出版局)を出している。この2冊を合わせ読めば、新たな科学像を構築しようとする著者の主張をよりよく理解できるだろう。奥田太郎監訳、和田慈・清水右郷訳。

 ◇Harry Collins、Robert Evans=英カーディフ大教授。科学技術社会論

三中信宏[進化生物学者]読売新聞書評(2020年8月30日掲載|2020年9月7日公開)



本書と姉妹本:ハリー・コリンズ[鈴木俊洋訳]『我々みんなが科学の専門家なのか?』(2017年4月27日刊行,法政大学出版局[叢書・ウニベルシタス 1055],東京, vi+217+7 pp., 本体価格2,800円, ISBN:978-4-588-01055-2版元ページ)では,専門知を注意深く分類した「周期表」を提示することにより,専門知のもつさまざまな属性を整理した.とりわけ,この周期表の「スペシャリスト専門知」は読者の関心を惹く.ある特定分野に関する深い知識と十分な経験を積むことによって得られるこのスペシャリスト専門知は「ユビキタス暗黙知」と「スペシャリスト暗黙知」に分けられる.後者には「貢献的専門知」と「対話的専門知」が含まれる.

著者が注目するのは対話的専門知だ.貢献型専門知とは「自らある領域に馴染みにいって «特定分野の暗黙知» を得ようとすることであり,ただ単に雑多な事実だとか,雑多な事実同然の未整理情報についてより多くのことを覚えることではないのである」(『専門知を再考する』pp. 17-18)である.一方,対話的専門知とは「ある専門家コミュニティーの言語的会話に参加し,実践的活動への参加や意図的な貢献をしないままで,流暢に会話に参加できるようになったときに獲得される専門知である」(『我々みんなが科学の専門家なのか?』pp. 91-92).対話型専門知は複数の専門分野をまたいだつながりが期待できる.

しかし,スペシャリスト暗黙知は誰でも容易には手に入らない.明示的な部分(オモテ)と暗黙知の部分(ウラ)から構成されるスペシャリスト暗黙知のなりたちは,そのときどきの研究者コミュニティーとどのように関わるのかという問題とつねに絡んでいる.ここに科学の特権的地位が再浮上する.


—— 『専門知を再考する』はけっして読んですぐわかる本ではないが,しっかり読み込むべき価値は確かにある.