『Aníbal y Roma: 218 - 202 a.d.C.』

León Croizat-Chaley

(1975年刊行,Oficina Tecnica del Ministerio de la Defensa, Caracas, 267 pp.,ISBNなし)



ハンニバル対ローマ戦記:紀元前218〜202年』.ベネズエラ国防省技術部から出版された.実にストレートな歴史書(軍学書?)なのだが,著者は汎生物地理学(panbiogeography)の創始者として知られている León Croizat-Chaley だ.本書のテーマは一連の「ポエニ戦争」,とくにカルタゴの武将ハンニバルの戦跡だ.具体的には,ハンニバルによる象軍を率いてのアルプス越え(218BC),ローマ近くのカンネーでの戦い(216BC),そしてカルタゴのザマでの戦い(202BC)を詳細にたどっている.

「なぜ生物地理学者が歴史書を」という疑問は当然出てくるのだが,「Ensayo Histórico y Lingüístico: con particular referencia al Cruce de los Alpes, la Batalla de Cannas, y la Marcha de Aníbal contra Roma」というサブタイトルが付けられていることからも類推できるように,広義の地理学(地政学)の文脈の中でローマ対カルタゴの抗争を考えようということなのだろうか.地名研究に力点があるらしく,傍注に地名の語源や由来についての詳細な記述が散見される.また,本書には,大判の折り込み地図を含む地図が数葉,そして図表がとじ込まれている.Croizat の他の生物地理学の著作のすべてに見られるなじみのあるスタイルの手書き図版だ.

Croizat の「ハンニバル戦記」は彼の著作の中では群を抜いて入手困難な1冊だと思う.他の汎生物地理学の大部な本はカラカスでの自費出版の割には,古書店経由で入手できる機会が少なくない.しかし,この戦記はこれまでまったく出会わなかった.Croizat の全著作リストはすでにオンライン公開されている(→ Robin C. Craw, Michael Heads 1984. Bibliography of the Scientific Work of Leon Croizat, 1932-1982. Tuatara, Volume 27, Issue 1, August 1984).

本書の“トークン”としての特徴をメモしておく.届いた本の前所蔵者はイタリアの植物学者 R.E.G. Pichi Sermolli (1912〜2005) だ.この本自体はスペイン語で書かれているが,中表紙に Sermilli 宛の Croizat のイタリア語の献本サイン「Omàggio di Croizat a Pichi Sermolli, 22-viii-1976」(「Croizat から敬意をこめて Pichi Sermolli へ,1976年8月22日」)が記されている.

シダ植物の分類学者として知られていた Sermolli の蔵書とシダのコレクションは,彼の死後,フィレンツェの大学(Museo di Storia Naturale, Università degli Studi di Firenze)に一括して納められたと Nove da Firenze 紙の記事は報じている(2006年10月27日付).手元にある本書には「Biblioteca Botanica, R. Pichi Sermolli / No. 1091」との蔵書番号が記されているところをみると,おそらくはその蔵書から何らかの理由で放出された1冊なのだろうと思われる.

追記]上記の「Croizat文献リスト」には,本書の書誌情報が「1975a: Relacion de las Guerras entre Anibal y Roma, 218-202. B.C. Published by Ministry of Defence, Caracas.」と記されているが,このタイトルは間違っている.