『金尾文淵堂をめぐる人びと』

石塚純一

(2005年2月28日刊行,新宿書房ISBN:488008333X



【書評】

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明治から昭和にかけて,後世にその名を残すブック・メイキングをした書肆の伝記.創業者・金尾種次郎伝である以上に,書店の伝記であるところがいい.荒畑寒村も一時期ここに雇われていたそうだ.今も残る法蔵館と今は亡き文淵堂が創業者の血縁の上では“姉妹書店”だったとは.

大学の研究紀要に発表された論考が初出なので,細かい出典が書かれているのが痛くて楽しい.金尾文淵堂を倒産に追い込んだ望月信亨(編)『仏教大辞典』の出版をめぐる経緯(第3章)と20年もの間まったく原稿をもらえなかった徳富蘆花との関係(第4章)がとりわけ印象深い.諸橋轍次(編)『大漢和辞典』が苦節数十年という個人大事業だったのと同じく,望月信亨の『仏教大辞典』も30年もの長きにわたって編纂され続けたのだという.金尾文淵堂が潰れ,別の出版社に移管されてからもなお遅々としてアウトプットが出なかったという進捗ぶりは,70年かかったOEDの出版事業を思い起こさせる(参照:サイモン・ウィンチェスター『オックスフォード英語大辞典物語』2004年8月20日刊行,研究社,ISBN:4327451762).第7章で論じられている与謝野晶子は,『源氏物語』本を含め金尾文淵堂から多くの著書を出していただけでなく,同郷の金尾種次郎とも個人的な関わりが深かったという.

本書のようにていねいに掘り起こされた伝記は通り過ぎてはいけない.

三中信宏(11/May/2005)