『オルデンバーグ:十七世紀科学・情報革命の演出者』

金子務

(2005年3月10日刊行,中央公論新社[中公叢書],ISBN:4120036189



まずは,第2章まで歩き読み.120ページあまり.日射しが強いので目がちかちかする.遍歴者ヘンリー・オルデンバーグがヨーロッパをめぐり歩いた末に,ロンドンの王立協会(the Royal Society)の誕生とともにその事務総長の地位に就く(1662年)までの話.世界最古の学術雑誌 Philosophical Transactions を創刊するにいたるまでの物語は次章以降のことだが,ジャーナルという媒体がアカデミーに出現する前の状況について,著者はこう書いている:




オルデンバーグの仕事は,内外の科学者たちに他の科学者たちの活動状況を知らせることである.[……]当時の慣行で,その著書や論文を批判された著者に対しては,その内容を伝えて反論の機会を与えるのが,王立協会のやり方であった.それが公平な処置であることは明白である.[……]学問や科学に関するレターは,秘密の私信とは見なされなかったことも注意しなければならない.それは集会で他人によって読み上げられ,訪問者にも見せられ,引用され,コピーされ,印刷もされるのであった.[……]したがって,王立協会事務総長に宛てて手紙を書くものはだれでも,その内容がそこの集会で読み上げられ,『トランザクションズ』に印刷されることを期待していたのである.[……]こういう情報のやりとりによるシステムには,確かに誤解や悪感情を生むような欠陥があったにせよ,それでも十分に関係者は利益を得ていたのである.(pp. 101〜103)



当時の事務総長は,「人力」で学術情報の入手と配信をやりぬいていたということなのだろう.

次の章では,いよいよ Philosophical Transactions 創刊までの経緯が物語られる.


『羊皮紙に眠る文字たち:スラヴ言語文化入門』

黒田龍之助

(1998年12月20日刊行,現代書館ISBN:4768467431



第1章「スラヴ語学入門」は70ページほど.キリル文字の使用表がとても参考になる.変なかたちのキリル文字ってあるんですねー.続く第2章「中世スラヴ語世界への旅」も70ページほど.偽書とか伝説とかいろいろ.スラヴ世界はさながら「異界」のごとし.愉しい.

第3章「文字をめぐる物語」と第4章「現代のスラヴ諸語」では,スラヴ文字書体の歴史を論じた第3章がおもしろい.“キリル文字”の「キリル」が文字創始者の人名だとは知らなかった.しかも,キリル(=コンスタンチン)の造ったのは,実はいまの“キリル文字”ではなく,“グラゴール文字”だったという錯綜した書体誌が魅惑的.p. 167 に載っている“キリル/グラゴール文字対応表”を読み込む.

ヤナーチェクの〈グラゴル・ミサ〉の歌詞は,もとはきっと“グラゴール文字”で書かれていたんだろうね.40年近く前の Acta Nova Leopoldina の進化学特集号には,シンポジウムの際に演奏されたという〈グラゴル・ミサ〉の教会での演奏写真が載っていたことをふと想い出した.




【訂正】確認したところ,正しくは Nova Acta Leopoldina, N. F., 42 (218), 1975 でした.この進化学特集号自体が700ページにも及ぶ厚さがあるのだが,その中でもこのシンポジウムにあわせてマグデブルクで上演された〈グラゴル・ミサ〉に関係する記事は,pp. 419〜461の40ページにわたっている.ヤナーチェクの自筆譜はもちろん,Siegfried Kratzsch による「古代スラヴ語によるミサ写本について」という論文まで載っている(pp. 449〜458).グラゴール文字で書かれた写本のカラー図版も.ほほー.